其の弐拾参

「イースリーの遺体が発見されただと?」

「はい」


 報告に来た内務を預かる大臣の部下の言葉に……ウルラーは首から下で冷たい汗をかき、体を震わせた。

 だが強い意志で顔は平然を保つ。

 王として部下の死に動揺する姿を見せられない。特に女官の死などこの国では大した問題にならない。


「……彼女が何故城外に出ているのだ?」

「はい。何でも王都内にシャーマンらしき人物を発見し、その者を連れに出向いた様子です」


 恭しく頭を下げて報告して来る部下の言葉に不審な点は無い。だが納得のいかない点がある。


「彼女が城から出る際は報告を義務付けているが?」

「……自分にそれを問われましても。陛下にご報告は無かったのですか?」

「……」


 報告を引き受けながらもそれを果たさなかった男がしれっと言葉を続ける。


「つきましては陛下。彼女の替わりを決めたいのですが?」

「替わりだと?」

「はい。あの者が行っていた仕事……離れの管理をする者にございます」


 そこでウルラーは胸の内に僅かなざわめきを感じた。

 イースリーの死の報告が来て流れるように後継の提案……王は決して無能では無い。馬鹿でも無い。

 椅子のひじ掛けを強く握り締め、王たる彼は沸き上がる感情を押し殺す。


「イースリーの後任は我が決める」

「……陛下がそのような」

「お主は誰に意見しているのか?」

「もっ申し訳ございません!」


 平伏する部下に対し、ウルラーは厳しく冷たい視線を向ける。

 彼に退出を促し……王は信用の出来る者を呼び寄せた。


 しばらく待つと影のようにその者が王の執務室に現れた。


「来たか」

「お呼びでしょうか我が王よ」

「忙しいのに済まんな」

「いいえ。これが自分の仕事ですので」


 普段は別の仕事に就いている彼に、ウルラーはどうにか口を開いた。


「イースリーが殺された」

「……」


 控えていた彼がゆっくりと顔を上げる。

 今にも頭を抱え泣き出してしまいそうな主の顔を見た。


「事実でしょうか?」

「分からん。だが可能性はあった。あれに見つかってしまったからな……」


 王は握った手でガッガッとひじ掛けを叩く。


「我の配慮が足らなかったばかりにっ!」

「……王よ。死体を確認していない状況でその言葉は早すぎます」


 恭し頭を下げて彼は言葉を続ける。


「あの方は用心深く聡明です。もしかしたら死んだ振りをして姿を隠しているのかもしれません」


 忠臣の言葉に気を落ち着かせ……ウルラーは深く息を吐いた。


「……そうであると良いな」

「王がお信じにになられなくてどういたしますか?」

「そうだな」


 弱々しく笑う王は、腹心とも呼べる者に視線を向けた。


「ならばイースリーが戻って来るまで離れの管理を頼む」

「……男子禁制なので中には入れませんが?」

「仕方あるまい。そこは上手くやってくれ」

「はっ」


 そして一度息を吸い込んだ王が口を開こうとする。


「それとイースリー様のご遺体のことですね」

「……無礼であるぞ」

「申し訳ございません」


 彼女の兄でもある主人にこれ以上辛い言葉を口にさせないように、彼は王が話す前に語り掛ける無礼を働く。

 相手の気遣いにウルラーは感謝した。


「そちらも頼む」 

「はっ」


 一礼をして彼は王の執務室を出た。

 深くため息を吐き……ほぐすように肩を回す。


「あの将軍の面倒を見ながらとなると……本当に厄介だ」


 普段は将軍イマームの副官を務めている彼はやれやれと肩を竦めた。




『女の人と一緒ってどう言うことですか! 私が居ないからって変なことをしたら絶対に許しませんからね!』


 届けられた手紙を見てミキはクスッと笑う。


 飼い主の嫉妬を拳として喰らったのか、ナナイロがボロボロの姿でやって来た。手紙を見れば一目瞭然……こんな風に可愛らしい態度を示す時もあるから本当に困る。

 ミキは柔らかく笑って手紙の裏に返事を書いた。


『シャーマンを束ねている女官をこっちで押さえた。情報を集めて行動に移る』


 サラサラと書いてミキは視線を室内に向ける。


「あの~ミキ様」

「こっこっこ~」

「どうにかして頂けないでしょうか?」


 彼女の捻った足の治療……と言っても幻術の類で誤魔化した球体が、褐色の足を昇り胸の谷間にその身を埋めていた。

 大きさを好き勝手に調整できる球体のお陰で、服の上からでは彼女の胸に変化は見えない。


「お前の怪我の治療分を払えと言うことだろう」

「ですが」

「機嫌を損ねるな? それでもこの国では絶滅した神鳥レジックだ。気分を害せば天災を呼ぶぞ」

「……」


 戸惑いながらも恐怖で動けなくなった女性は、ベッドの上で胸を突き出すように座り直し拷問のような時間が過ぎるのを待つ。だが球体は中々飽きない。

 しばらく待っても変化が無いことに耐えられなくなって彼女はまた声を掛けた。


「どうかお願いします」

「諦めろ」

「何故ですか?」

「その馬鹿は……女の胸元を巣にする傾向がある。それと豊かな胸が好きらしい」


 彼の言葉に……宿屋の一室で男女二人きりと言う状況を思い出し、身の危険を思い出したイースリーは両手で自分の胸を覆うように抱き締める。


「くぉけぇ~」

「ひぃぃ……」

「余り喜ばせるな。舞い上がって馬鹿なことをし始めるぞ?」

「馬鹿なこと……ですか?」

「ああ」


 荷物の中から投げナイフを取り出し懐にしまいつつ、ミキはベッドの上に目を向けた。


「調子に乗って砂漠で大雨を降らせるとかな……まああれはそいつだけの力じゃないが、それぐらいのことをまたやりかねない」

「……あの雨を降らせたのは?」


 クスッと笑ってミキは悪戯少年のような表情を作る。


「俺の妻とその馬鹿鳥が大いに関係しているとだけ言っておくよ」

「ひぃぃ~」


 増々怯えてイースリーはベッドの上で胸を突き上げた。




(C) 甲斐八雲

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