其の弐拾壱

『食事が美味しいです。お風呂に入りたい放題です。鳥さんが助平で女の人たちの胸に触れてます』


「こっこっこぉ~」


 足の裏で七色の球体を踏みつけながら、届けられた手紙を読むミキは何とも言えない気持ちになっていた。

 自分は路地裏を這いまわり情報を集めながら相手の襲撃を待っているのに……片やレシアは毎日優雅な生活を送っている。これが怒らずに居られるだろうか?


 地面に転がっている炭を手にし、ミキは手紙の裏側に返事を書く。

『肥えて太って醜くなっていたら二度と口を利かん』と、書きなぐるようにして記した返事を一度確認し、足の裏で七色の球体を転がしてその口に手紙を突っ込む。


「お前も少しは自重しろ。腐っても崇められる存在なのだろう?」

「こけぇ~」

「レシアが居ないからって適当な返事をするな。この馬鹿者が!」

「ぐぅえ~」


 体重の乗せてグリグリと踏んで開放する。

 半分ほどに凹んだ鳥は、よろよろと立ち上がると……ポンと膨れて逃げるように飛んで行った。


 その後ろ姿を見送り、彼は癖になりつつあるため息を吐いた。


「さて……行くか」


 軽く肩を回し、彼は頭の中に広げた王都の地図を辿るように走り出す。


 ここ数日彼が集めた情報は王都の地図だ。

 何をするにしても重要になるのが地理だ。故にミキは人に聞き、自ら歩き、王都と言う場所の地図を手にした。


 急ぐ彼の足に迷いはない。

 彼女をあの場所に送ったことで、こういった好機を手にすることが出来たからだ。

 だからと言って、食って寝て風呂に浸かる生活を送る馬鹿者を甘やかすことにはならない。今度会ったら全力で叱りつけると決めていた。


(問題は……レシアの手紙ではおおよその場所しか分からないってことだ。もう少し絵心が欲しいな)


 踊りの才能なら突き抜けるほど持て余している彼女でも足らない物は結構多い。

 子供のいたずら書きにしか見えなかった地図を頼りに彼は足を動かし続ける。




「何をなさるのですか!」

「へっへっへっ……別に良いだろう? 黙って俺たちの言うことを聞きな」

「っ!」


 イースリーに従う女官の一人が兵に腕を掴まれ声を上げた。

 城から出て来た女官たち一行に……警護の兵たちが牙を剥いたのだ。

 場所は指定されたはずの所。だがそこには誰もおらず、訝しんだ女官らに兵が武器をちらつかせて脅して来る。


「この中に陛下のお気に入りの女官が居るはずだな? まあお前だろうが」


 唯一顔を隠していない若い女に目星をつけて、主犯格らしい男が武器を手に彼女に近づく。

 目鼻立ちがすっきりとした彼女は確かに若くて美しい。だが恐怖の余り口を動かしているが声は出て来ない様子だ。


「隊長? 後の女はどうしますか?」

「殺しても良いが……まず楽しんでからで良いだろう。お前ら好きにしろ」

「「おおっ!」」


 喜び声を上げる兵たちに顔を隠している女たちが一斉に逃げ出す。四方に散る女官たちに兵もまたその尻を追って散った。

 と、その隙を伺っていた様に素顔を晒す女官が走り出した。


「お前だけは絶対に『捕らえて殺せ』との指示だ。殺すまでに何しても良いとも言われているがな」


 男は急ぎ彼女を追いかけてその襟に手を伸ばす。

 スッと冷たい感触を得て、焼けるような熱さを手に感じる。


「てめぇ~! ふざけるなっ!」


 女官が隠し持っていたナイフで手を斬られた男が激高し、彼女の背後から蹴りを見舞う。

 ゴロゴロと地面を転がった女官は苦痛に顔を歪めてのたうち回る。

 その女を足蹴りし……男は相手の腹に腰を下ろした。


「気が替わった。しばらくは生かして慰め者にしようと思ったが……遊んで殺してやるよ」

「っ!」


 手にした剣で相手を脅すように頬を叩き男は笑う。


「上からの指示でな……『殺してから遺体を無残に晒せ』とも言われている。何をしたのか知らんが運の無い奴だ」


 クツクツと笑って男は女官の服に手を掛けた。


「さあ良い声で鳴けよ? 鳴き止んだら……殺してしまうかもしれんぞ?」


 力任せに服を裂いて男は彼女を犯し始めた。




(拙いな)


 路地裏で道に迷いながらもミキは必死に足を動かす。

 と、何かが聞こえた気がして急ぎ足の向きを変えた。


 壁に背を預け角から様子を見れば……そこでは兵らしき者と女が争っていた。

 剣を手に持つ男は女を舐めてかかっているのか、素人のように脱力しきった手つきで剣先を動かしている。対する女性は冷静なまでに気持ちを落ち着け、短剣を手に相手の動きに目を向けていた。


 ミキの目から見て結果は明らかだ。だから迷うことなく十手を抜く。

 脅すように突き出した男の剣の腹を短剣で叩き、彼女は一歩踏み込むと相手の喉元に刃を向ける。


「っ!」

「あがっ!」


 血が舞い男が首を押さえて蹲る。その隙に逃げ出そうとした女性の足を男が掴んだ。


「ふざけるなっ! この女っ!」

「ひっ」


 足を掴まれ無理やり引っ張られたことで、地面に倒れ込んだ女性に男が剣を構えた。


「ふざけているのはお前だろう? 馬鹿者が」


 だが容赦なく背後から十手を振り落とされ、頭蓋骨を割られて男は地面に崩れた。


「えっあっ……えっ?」

「お前に一つ聞きたい」

「えっ?」


 突然のことで呆然としている女性を見下ろし、ミキは十手を後ろ腰に戻した。

 恐怖からか全身を震わせている女性の腰の辺りが濡れているのに気付き、ミキはそっと視線を相手の顔に向けた。


 褐色の肌はこの地方特有だ。

 顔立ちは整っていて……下手な娘では太刀打ちできない。


「俺は城から出たシャーマンたちを束ねている女官に逢いたくてここに来た。出来たら何があったか、それと彼女がどうなったか教えて欲しい」

「……」

「代わりに君を無事に城の近くまで届けよう」

「……貴方は?」


 少し落ち着いたのか……右手で襟元の服を掴み、左手で短剣を探す彼女に、ミキはそっと足元に転がっている彼女の剣を蹴って転がす。

 地面を滑った短剣は、彼女の手の届く位置で止まった。


「少々訳ありでな……妻と一緒にこの国の王に追われている」

「っ!」


 目を見開き短剣を掴んだ女性は、立ち上がろうとしてまた転んだ。

 足を掴まれ無理やり引っ張られた時に捩じったのか……ズキズキと足首が痛む。と、そこで初めて気づいた。慌ててローブに手をやり自分の下半身を隠す。


 褐色の肌でもうっすらと赤くなるのだな……と変な感想を抱きつつミキは女性に手を伸ばした。




(C) 甲斐八雲

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