其の拾壱
「それであの二人は?」
「……申し訳ございません。我が王」
「逃げ失せたか」
「ですがまだ部下たちが追っています」
「そうか」
警備を司る武官の言葉に若き王は落胆の面持ちで頭を振った。
その様子に自身の最後を確信した武官が、血の気の引いた顔を王に向け続ける。
「此度は急の襲撃で対応が遅れた。今後こんなことが無いように兵たちを鍛えよ。良いな」
「……はっ!」
今にでも卒倒しそうな武官は必死に堪えて立ち続ける。
「逃走した二人はウルラー王の名の元に捕らえることを命じる。必ずや捕らえ我が前へ連れて参れ」
「「はっ!」」
部下たちの前から立ち去り、王は自身の私室へと向かう。
しばらく待つと……静かに一人の女官が入って来た。
「イースリーか」
「はい」
顔を下げて歩み寄る女官は、恭しく頭上に手紙を掲げる。
「……これは?」
「先ほどの騒ぎの時に私の胸元に押し付けて立ち去ったモノが残して行きました」
封を切られている手紙を手にし、若き王はその中から便箋を取り出す。
共通語で書かれれている文章に目を走らせ……王は深く息を吐いた。
「巫女たちの望みは離れに居るシャーマンたちか」
「そのようにございます」
「……解放は出来んな」
「はい」
王は椅子に腰を掛け女官に目を向ける。
「伝承通り天変地異が起こってしまった以上……シャーマンと言う自然との係わりを持つ者たちを手放すことなど出来ない」
「私もそう思います」
思案し王は顎を撫でる。
「出来れば巫女を招き入れ国の強化に努めて欲しい所だ」
「はい」
国を思えば思うほどに二人の考えはそちらに傾き続ける。
結果としてミキたちと敵対する選択肢を自然と選んでしまうのだ。
「ミキ~」
「どうした?」
「はい。人前でいっぱい踊れて満足です」
走りながらもクルクルと回り、彼女の機嫌の良さが伺える。
一緒に走りながら、ミキもまた足元に転がっている七色の球体を蹴りだす。
「ごぉげぇえ~」
死にそうな声を上げ、ゴロゴロと路地を転がって行く球体からレシアが顔を動かす。
「ミキ」
「何だ?」
「あの助平さん……まだ懲りてません」
「ふむ。もう少し強く蹴るか」
「けっこ~!」
必死に羽を動かし逃れようとする球体に追いつきミキがまた蹴る。
ゴロゴロと転がる球体は……クルクルと目を回しながらも必死に言い訳をする。
「手紙を渡しただけだと言ってます」
「相手の胸元に押し込んでいたように見えたが?」
「……大きかったそうです」
ミキは何も言わずに球体を蹴った。
「この馬鹿鳥の始末は後にするとして……とりあえず今は逃げるぞ」
「は~い」
広場から逃げ出すことに成功していた二人だが、追っ手の追跡からは逃げ切れていない。
黒装束の男たちに追われながらも、二人と一匹は全速力で走り続けていた。
「兄さんが女を逃しただと?」
「はい」
「……その女はどんな女だ?」
「良く分かりませんが、大層美しい女だったとか。もしや先日報告があった女やもしれません」
「先日……ああ。誓いの場に来た、抜き出て美しいと言う女か」
若き青年は薄く笑い盃に満たされたワインを乱暴に煽る。
口元から逃れ落ちた赤い滴を、彼の傍に居る女たちが舌を伸ばして舐め取る。
「そうか。兄さんが逃した女か……」
「エスラー様?」
エスラーと呼ばれた青年は乱暴に立ち上がる。
彼の動きで弾かれた女が床を転がるが気にもしない。
「ならば兄さんの為にその女を捕まえてやるとしよう」
「……」
「何だその表情は?」
部下の態度に青年がつまらなそうな表情を向ける。
ため息を飲み込み……部下の男が口を開いた。
「捕まえてどうするのですか?」
「ん? 決まっておろう……味見をし楽しんでから兄さんに渡すのだ」
クククと肩を揺らして歩き出した青年を追い、部下もその後ろを歩く。
「兄さんは欲している女を手に入れる。俺はいくばくかの甘い夢を見る。美しき兄弟愛であろう?」
「そう……ですね」
「ならば早くその女を捕らえて連れて来い! 今直ぐにだっ!」
癇癪を起した子供のように騒ぎ散らし……部下の男は恭しく頷いてその場を離れる。
「どれどれ……たしか新しく連れて来られた女が居たはずだったな?」
レースのカーテンの奥に隠すように置かれている女たちの元へ向かい、彼は満面の笑みを浮かべてカーテンを開ける。
後ろ手に拘束され猿ぐつわを噛まされた女たちが、怯えた表情を浮かべ身を寄せ合うように隅へと逃れる。だが青年はそれを待っていたかと言わんばかりに嬉々として女たちを追い……乱暴に足首を捕まえて引きずり出す。
「まずはお前から楽しむことにしよう」
「ん~っ! んっ!」
「騒ぐな騒ぐな」
抵抗する女の足を放し、替わりに髪を掴んで顔を上げる。
ボロボロと頬を流れる涙を舌で舐め取り……青年は楽し気に口の端を曲げる。
「俺に気に入られれば良い生活が出来るぞ?」
「ん~っ!」
「何故暴れる?」
必死に抵抗する女は知っていた。
この場所の主に気に入られれば確かに良い生活を送ることが出来る。飽きられるまでは。
だが満足させられなかった女は、飽きられた女は……悲惨な最期が待っている。主を楽しませると言うだけの理由で、ゴロツキ紛いの男たちに集団で暴行される。
なぶり殺しの目に遭って……死体は人知れず処分されるのだ。
それを教えてくれた者は、最後にこう教えてくれた。
『少しでも長く生きたいのであれば主に好かれよ。そうすれば死ぬまでの時間が幾ばくか長くなるだろう』と。
つまり女たちに待っているのは『死』だけなのだ。
「あはは。さて……お前はどんな風に犯してやろうかな?」
人の面を被った最低の生き物が笑顔でそんな言葉を告げたのだった。
(C) 甲斐八雲
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