其の拾弐

「……」

「どうした?」

「……ミキ」


 王都の下町も下町……スラム街に匹敵するほどの場所まで逃げて来た二人は、建物の影に身を隠していた。

 ただモゾモゾと恥ずかしそうにレシアが身を捻りだす。


「見つかると厄介だからあまり動くな」

「はい。でも……汗臭く無いですか?」

「臭いは無いぞ」

「良かったです」


 逃走でずっと走り続けていた二人は全身に汗をかいている。

 だが南部の気候もあってかいた汗は直ぐに乾いてしまう。残るのは服や肌に張り付く砂と塩だけだ。


 気温の高さに辟辟しながらもミキは相手を抱いて沈黙を続ける。


 しばらく待機し彼女の力を用いて追跡を確認する。

 相手は散らばって捜索している様子だが……待っていると王城へと引き上げて行った。


「うぐっ!」

「早速出て行こうとする馬鹿がここに居たか」


 隠れている場所から出て行こうとしたレシアの首根っこを捕まえて引き戻す。

 息を詰まらせた彼女が怒りだす前に手刀を構えて黙らせた。


「良くある手だ。引いて俺たちが出て来た所を襲撃する」

「でもでも追って来た人はみんな帰りましたよ?」

「最初からこの場所に誰か居たら?」

「……」


 流石のレシアの力をもってしてもそれは判別のしようがない。


「だからもう少し待って」


 と、ミキは手を伸ばし七色の球体を掴んだ。


「少し衣服を変えるぞ。特にお前は色を変えただけでは誤魔化せんしな」

「何ですかそれ?」


 ブスッと頬を膨らましてレシアが拗ねる。

 だがミキは軽く笑うとそんな彼女の頭を撫でた。


「お前は美人だから目立つって話だよ」

「……もうミキったら~」


 蕩けた表情を浮かべてレシアはミキに抱き付いて甘えだした。




「姿を現さなかったか」

「はい」


 部下の報告を待っていた彼は、頷きながら頭を掻いた。


「……陛下から急の指示で飛んで来れば、まさか人探しを命じられようとはな」

「将軍?」

「生まれたばかりの娘の寝顔から引き剥がされたのだ……少しの愚痴など耳を塞いでおれ」

「なら少しでお願いします」

「……真面目だな~」

「上司が不真面目なので反面教師としております」


 遠慮のない言葉に『将軍』と呼ばれた男が笑う。


「どうも将軍と言う呼び名にも慣れん」


 何人目かの子供の誕生祝いを理由に陛下から頂いた地位に……男は不満げな声を発する。


「俺は隊長として身軽に動き回っているのが一番国の為になると思うのだがな?」

「そう言って責任ある仕事から逃げて回るので、陛下がその地位を与えたのだと思いますよ」

「……お前は本当に遠慮が無い」


 将軍と言う地位と共に押し付けられた副官は本当に遠慮が無い。

 だが部下は将軍の扱い方を知っているのか、彼の興味が湧く言葉を口にする。


「確かに仕事は人探しとなりますが……此度の探し人についてどこまでご存知ですか?」

「全く何も聞いていない」

「ならご説明を。探し人は若い男女となります。国王陛下からの命で『怪我一つ負わせず』に連れて行くこととなっています」

「抵抗されれば多少の怪我など生じるぞ?」

「はい」


 部下の返事に将軍がニヤリと笑う。


「どこまで許されている?」

「男の方は死なない程度に。女の方は怪我一つ無くです」

「つまり陛下は女の方に用があると言うことか」


 異性好きの王弟とは違い現国王は真面目な人物である。

 色目に狂っての行為では無いことぐらい不真面目な将軍にも理解出来る。


「で、その男はどうなんだ?」

「はい。王城勤めの衛兵たちが、束になって打ちのめされています」

「ほう……打ちのめされた?」

「はい。鉄の棒を使って殴られたそうです」

「……もう少し入国警備を緩くしても良いと思うのだが」

「将軍?」

「冗談だ」


 ガシガシと頭を掻いた将軍は、後ろ腰に差している自分の獲物に手を伸ばし叩く。


「まあたまにはコイツにも仕事をさせてやらんとな。敵が逃げているなら今夜は戻ることとしようか」

「宜しいのですか?」

「構わんだろう。明日にも陛下の鳥たちが探し出してくれるさ」


 撤収の指示を出し将軍は気楽に歩き出す。

 その背を見送る部下は、相手の背中がまるで狩りを前に気を練る獣のように見える。


 千人斬り……将軍である彼が持つもう一つの称号であり、それは過去の偉業でもある。




「ん~。少し遠くに居た人たちが帰って行きます」

「ようやく引いたか」


 待機状態を維持し続けていたミキたちは、それでもまだ動かない。

 空腹を抱えているレシアがさっさと移動したがっているが、彼はそれを許さない。三段構えぐらいのことは想定した方が良いとの判断だ。


 もう一度レシアの力を使い、離れた場所で動かない集団を探らせる。

 飽き易い彼女に何度も丁寧な確認作業をさせ……日か沈み出した頃に二人はようやくその場から動き出した。


「まあここまで警戒しても王城に居るシャーマンたちの手によって、こっちの居場所は見つかるんだろうがな」

「ですね」


 並んで歩き……レシアの美貌に引かれた男たちが伸ばして来る手を、ミキは容赦なく十手で叩いて折って行く。


「少なくともお前も巫女と呼ばれる存在だろう? どうにか出来ないの?」

「ならミキは今直ぐ私の頭を良く出来ますか?」

「不可能を通り越しているな」

「……イラッとしました!」


 暴れる彼女の頭を押さえ、ミキは何となくため息を吐く。

 ならば他の手を考えるしかないらしい。


「ここは古来からの方法を使うとするか」

「はい?」


 迷うことなく……ミキはレシアの胸元に手を差し入れた。




(C) 甲斐八雲

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