其の拾
「結論としてこっちの動きは相手に読まれている訳だ」
「はい」
ナナイロを頭の上に乗せどこか開き直った様子のレシアは素顔を晒している。
通りを行く若者が二度見してから追いすがるように戻って来るが、彼女の腕がミキのモノと絡んでいることを知り……世が終わったような顔をして去って行く。
「逃げても見つかるなら隠れるのも馬鹿らしいな」
「ですね」
「こっけ~」
旅の仲間の総意を得てミキは逃亡することを止めた。
「問題はこれからどうするかだ」
「どうしますか?」
「……逃げ回るのは性に合わんな」
「それはミキだけです」
「ならお前はどうしたい?」
「決まってます! お風呂に入って綺麗になって、美味しい物を食べて寝て……」
ピタッと彼の腕に抱き付く。
「ミキと誓いをしたいです」
頬を紅くして可愛らしく照れるレシアに、通りを行く男性たちがそれ以上に顔を赤くして二度見して来る。そんな周りの目など気にしていたら彼女と一緒に旅など出来ないので、ミキは外野など一切気にもせず通りを歩いて行く。
「ここまで来るとそれも全てを片付けないと出来そうに無いな」
「むむ?」
「終わったら済ませような」
「は~い」
またも嬉しそうな表情を見せてレシアがギュッと彼の腕に抱き付く。
「で、ミキ」
「ん」
「どうしますか?」
「そうだな……」
腕に抱き付いている彼女の歩みに任してミキは思考する。
逃げ回っても相手には発見されて追われる。なら逃げるだけ無駄だ。
何より宮本家の教えからして逃げ回ることは許されない。必ず勝てるなら一時的な退却は有りでも現状のような逃亡は面白くない。義父に知られれば木刀で頭をかち割られるやもしれない。
背筋に冷たい物を感じミキはブルッと震えた。
「どうしましたか?」
「……面白くない」
「ミキ?」
彼女の問いにミキは笑う。
「なあレシア」
「はい?」
足を止めレシアと正面から向き合うと、ミキは彼女の肩に手を置いた。
「……お前の本気を見たいな」
「ミキ? 何を考えてますか?」
「踊りたいだろう?」
「……はい」
相手の圧に押し負けレシアは素直に頷いた。
グルリと幾重もの壁に囲まれている城塞都市……それがアフリズムの王都である。
南側には高く厚い巨壁がそびえ、王都に大きな影を落とす。日当たりは悪くなるが、日影が生じることで都市の気温を幾ばくか下げる効果がある。
巨壁の袂に存在する王城の前には儀式などに使用する為の広場があり、普段は市民の憩いの場と使用されている。
そんな場所に……彼女は湧き出るように現れた。
全身を包むのは薄い赤い色合いの衣装。そして両手首には、新雪のような白い布が巻かれている。見る者が見れば彼女の手首のそれが何を表しているのか一目瞭然だ。
広場に現れた彼女は、悠然と歩いて中央で足を止める。辺りを見渡し……そして静かに舞い始めた。
全てのしがらみから解放されたレシアは全力で舞う。
今日の彼からの指示はただ一つ。『圧倒的なまでにお前の実力を示せ』だ。
そんな心躍る指示を受けたレシアは、自分が引き出せる全力を曝け出す。
幸運であり不幸なのはその場に居た者たちだ。
今までに見たことの無いほどの踊りが目の前で見せつけられる。
魂を掴まれるほどの圧倒的な存在に魅了されて呼吸すら忘れるほどだ。
広場での異変を察し衛兵が飛んで来るが、意志の弱い者から彼女の舞に魅了されて足を止めてしまう。だが中には強い意志を持ち足を進める兵も居る。
必死の思いで視線をずらし接近するのだが、誰もが彼女の元に辿り着かない。
守護神のように静かに佇む"彼"の一撃で、広場に敷かれる石畳の上へと崩れ落ちて行く。
レシアの舞を誰も邪魔することは出来ず……その話は王城へと届けられた。
「それは誠か?」
「はい」
「……舐めた真似を」
報告を受けた若き王は足を進め王城の上部にある場所へと向かっていた。
それは広場を見渡せるベランダだ。式典などで顔出し程度で済む場合はそこから姿を見せ軽く手を振る場であったが、王は手摺りに手を置きそこから広場を見下ろし確認する。
中央で舞う少女の姿を確認した。
そしてその少女を護るように立つ青年の姿もだ。
広場の石畳みの上には衛兵たちが崩れ落ち……明確な犯罪行為が確認出来た。
「あの者たちを捕らえよ! このような侮辱は許さん!」
「はっ!」
部下に指示を飛ばし王は広場を見る。
舞う少女に視線を向けたまま身動き一つしない市民たちは、まるで石像になったかのようだ。
「王よ」
「イースリーか」
静かに歩み寄った女官が王に対し囁くように声を掛けた。
「あの者が巫女にございます」
「……それは誠か?」
二度目の返事は疑問形であった。
驚いた王は改めて広場を見つめる。王の指示を受けるよりも先に部下が動かしたのか、小隊規模の兵が広場に殺到する。
だが誰一人として舞い踊る少女の元に辿り着けない。
足を止め踊りを見入る者の横を抜け、必死に突き進む兵を青年が棒のような物で殴って行く。
結果として小隊規模の兵たちが立った二人の人物によって無力化された。
と、広場の青年が棒を後ろ腰に戻し何やら構えを取る。それはまるで番えた矢を弓で引き絞っているように見えた。
何か口で言葉を発し、引いていた青年の右手が開かれる。
すると王の頭上から七色の球体が落っこちて来た。
「何奴か!」
「王!」
突然の襲撃に王を護るように女官が立ちはだかる。
「コケコッコ~」
のん気な声を上げ、足らしい部位で掴んでいた手紙を女官の胸元に押し込むと去って行った。
(C) 甲斐八雲
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