其の玖
「また逃がしただと?」
「はっ」
部下からの報告に"彼"は眉をひそめた。
今までにこのような報告が続いたことなど無い。
不運に一度や二度取り逃すことがあっても、五日連続で逃げられるなどあり得なかった。
「……内通者がいる可能性は?」
「あり得ません。我らは皆王に忠誠を誓う者たち。もし裏切るようなことをする者が居るならば、我らの手で一族から皆殺しとするでしょう」
「そうか」
部下の言葉に頷き彼……褐色の肌を持つ若き王は玉座より立ち上がる。
「誰か意見せよ。可能性でも構わん」
凛と響いた声に、控えている部下たちが歩み出ては僅かな可能性を口にしていく。
だがどれも取るに足らない可能性ばかりで、有力な言葉は発せられない。
意見も尽きたかと思った頃……末席に居る者が顔を伏せたまま静かに歩み出た。若い女性だ。
「王よ」
「構わん申せ」
「……離れに居る『小鳥』たちが騒いでおります」
「そうか。ならば後で確認しよう。他に何かあるか?」
顔を伏せた部下たちは沈黙を返す。
「早急に捕らえられるよう尽力致せ。だが決して傷つけるな。これは我の命である」
「「はっ」」
王が立ち去り部下たちも退席していく中、最後に発言した女性だけがただ一人残る。
誰も居なくなったことを確認し……彼女は立ち上がると、ゆっくりと歩を進めた。向かうは王が姿を消した奥の通路だ。
「我が王よ」
「報告せよイースリー」
「はい」
王の私室にまで通ることの許された女性……イースリーは片膝を着き恭しく言葉を続けた。
「離れに居るシャーマンたちが慌てています」
「ほう。理由は?」
「それが……」
「申せ」
「……信じられない力を持った者が居ると言うのです」
女官の言葉に椅子に座っていた王が、僅かに腰を浮かし掛けた。
「あの者たちがそう言っているのか?」
「はい」
「話では強い力を持つ者も居るのであろう?」
「はい。"白"と呼ばれる最上位の力を持つ者が五名居ります。ですがその五名が口をそろえて言うのです。『自分たちの力と比べれば……彼女が真の"白"である』と『到底太刀打ちできない』とも」
女官の報告に王は背もたれに身を預け深い息を吐き出した。
「つまり伝承にある『巫女』が生じた可能性があると?」
「はい。相手が巫女ならばこちらの手から逃れ続けている訳も分かります」
「優れた目を持っているという訳だな?」
「はい」
頷き返すことしか出来ない女官は床を見つめたまま視線を凍らせた。
伝承通りのことが起きている。それはどれもが不吉なことだ。
砂漠に降った大雨。そして巫女の存在。残る伝承はあと一つ。
「封じられている邪悪なるモノが解き放たれる時が近いと言うことか?」
「可能性は十分に」
女官の返事を受け王は苛立ち床を蹴る。
「何故だ! 何故こうなった?」
「……失礼ながら王よ」
「許す申せ」
「はい。実はシャーマンを保護していた者たちの中に、西と通じる者が居たと報告が上がってきております」
「なに? 我が元には届いていないぞ?」
「……都合の悪い者が王の元に届かぬように仕向けたのでは?」
「誰だ! そのような不忠義者は!」
激昂する王に女官は言葉を続けられない。
その様子から王は悟った。
「王家の者だと言うのだな?」
「……」
女官は沈黙し、ただ静かに首を垂れる。
「そう言うことか。であれば確かに我が元に報告など上がろうはずがない」
苦々しい表情で首を振り……王は拳を握り締めた。
「行っている者はエスラーなのだな?」
「……」
沈黙で返事を寄こす女官に、王たる彼は首を振った。
「あの馬鹿者め……性欲に溺れるあまり周りが見えていない。自身の行いで国が、この世が滅ぶことになったとしたらどうするつもりか!」
また床を蹴り王は怒りを堪える。
「エスラーの元に兵を送り確認させる」
「……失礼ながら我が王よ」
「何だ?」
「そのような行いなど、前王の妃様がお許しになりません」
「……」
王と変わらず凛とした声で女官はそう言い切った。
その様子に王は……表情を歪め苦しんだ後に、深く息を吐き出した。
「済まんなイースリー」
「いいえ」
「否。お前に言わせるべき言葉では無かった。申し訳ない……我が妹よ」
深く頭を垂れていた女官は静かにその顔を上げた。
精悍な王と目元などが良く似た凛々しい娘だ。
「もう過去のことにございます。何より私は王に拾われ国で重要な仕事に就いております」
「だがそなたの母君を死に追いやったのは我が母だ。どれほど恨んでいることだろうか」
「……恨みなどずっと抱えていれば腹の中で腐って毒となります。だから私は全ての恨みを捨て今を生きているのです」
静かに王を見つめ……女官は優しく笑う。
「どうか私のことなどただの女官だと思い、そうお優しくなされませんように」
「だが」
「王よ」
ジッと王の目を見つめる。
「貴方は王にございます。それは決して変わることの無い不変なる地位と存在。王である以上……決してそのことを忘れずに振る舞っていただきたい」
「……そうだな。そうであった」
王らしく振る舞う相手を見つめ、女官は優しく笑うとまた頭を垂れた。
「エスラーの方は我が何とか調べよう。お主はシャーマンと協力し、どんな手を使っても"巫女"をこの城へと連れて参れ」
一度言葉を切り、王は深く息を吐いた。
「この国を救うには巫女の存在は必須だ」
「はい」
(C) 甲斐八雲
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