其の拾陸
頭上からの攻撃で一瞬体勢を崩すも持ち前の運動神経で持ち直し、レシアは伸びて来た亡者の手をスルッと回避した。
「あっ鳥さん」
「こけ~」
「何処に行ってたんですか?」
「こっけ~」
「……言わないなら後で羽を毟って今夜のご飯ですよ!」
「こぉけぇ~っ!」
『助けに来たのに酷くない?』と言いたげな鳥を頭に乗せて、レシアは少し機嫌を良くしてその体を動かす。自身の気分で踊りの質が変わる彼女からすれば、長いこと一緒に旅をして来た"仲間"の登場は嬉しさの方が勝る。
全身が軽くなった感じを覚えつつ、彼女の踊りは軽やかさを増した。
「ダメです~。後でミキと一緒にあれ~なのをして貰います」
「こっけぇ~」
『はいはい分かりました』と言いたげに羽を竦め、七色の球体はこちらへ迫り来る亡者共を見た。
「こぉぉぉぉおおおおお!」
「ふにゃぁぁぁああああ!」
突如レシアの頭上から白い炎が放たれる。
ただそれが炎のように見えるからそう称しただけで、レシアの目にははっきりと別の物であると分かっていた。何より熱さが無い。ちょっと暖かなぐらいで……ずっと踊っている彼女からすれば心地の良さを覚え、疲労が減った気すらする。
だがそれを受けた亡者たちは違う。全身に白い炎を纏い静かに燃え消えていく。
クルッと一周し、全体に炎が広がるのを見届けてレシアは頭上の球体を掴んだ。
「凄いです鳥さん。鳥さんはやれば出来る子だと信じてました」
「……」
「鳥さん?」
グッタリとしている鳥の気持ちを読み理解したレシアは、手に持つ球体を大きく振りかぶって……まだ消えていない亡者たちの方へと投げ込んだ。
「こっけぇ~っ!」
「鳥さんが悪いんですっ! 誰が役立たずの尻重ですかっ!」
「こけぇ~っ!」
「あ~言いましたね! 重く無いですから! 私の胸は『丁度良い大きさだ』ってミキが褒めてくれましたもん!」
「けぇ~っ!」
「にゃぁ~っ! ミキの悪口まで! 許しません! ぜぇぇぇぇぇぇったいに許しませんからねっ!」
亡者たちの襲い来る腕を掻い潜り、波間で揺れるボールのように転がる球体がレシアに向かい悪口ばかり言い続ける。激
高したレシアは、拳を硬く握り締めてそれをブンブンと振った。
「も~怒りました! 誰の胸と尻が重いんですか!」
「こけ」
「うわ~! そんなあっさりと……許しません! 絶対に許しません!」
岩場から飛び降り砂地の地面の上を舞うかのように移動して、レシアは亡者たちに遊ばれている球体に駆け寄る。
だが球体の方も待ってましたとばかりに宙に浮かび、彼女が足場にしていた岩の上へと移動した。
「コケコッコ~!」
鶏のような朝を告げる声が響く。
何度も何度も発せられた声に……地面が震え、亡者共が体勢を崩し砂の上を転がる。
天性の素質を無駄に発揮し、よろけることなくその様子を見ていたレシアの目には……岩場へと集まる何かがはっきりと見えた。
「ふにゅ?」
見えはするが理解出来ないのがレシアだった。
背後から飛びかかって来る亡者を交わし、改めて視線を向けると……岩場の割れ目から何かが噴き出した。
と同時に、背後で感じる気配にレシアは全てを放棄して振り返る。
彼女の横をすり抜けて飛んで行った投げナイフが岩場に辺り火を起こす。ちょっとした爆発と同時に球体が宙を舞ったが……レシアは気にせず止めていた足を動かした。
「ミキ~っ!」
「何だ? まったく……人が少し用を足しに行ってれば、お前は静かにすることは出来ないのか?」
「いらい。おかひい。なぜわたちが」
駆け寄って来た彼女の頬を両手で摘まんで左右に引く。
涙目で必死に手足をばたつかせる少女を見て、ミキは軽く笑うとその手を放した。
「ただいまレシア」
「……ぶ~」
「ぶうたれるな」
「……おかえりなさい」
何も無かったかのように普段通りの相手を見て、レシアは怒る気概を失いただただ甘えるように抱き付いた。
「現状の説明を求めても……お前たちじゃ無理か」
「酷くないですか!」
「こけぇ~!」
一人と一匹の不満を受けつつ、ミキはとりあえず自分の目で確認する。
岩場では投げナイフで生じた火花で炎が生じ、煌々と燃え上がっている。
こちらの様子を窺っている異形の存在は……亡者の類にしか見えない。
「少し離れただけでこんなになるとは……お前たち本当に凄いな」
「そうです。凄いんです」
「こっけ~」
馬鹿二種類が胸を張る様子に彼は黙って手刀を振り下ろした。
「痛い……今日二度目です」
「ああ。やっぱり気づいてたか」
「……あれってやっぱりミキだったんですか?」
前に受けた頭の痛みを思い出し、非難染みた視線を相手に向ける。
苦笑して頭を撫でて来る彼に……レシアは素直に手の感触に甘えた。
「ああ。ちょっと確認したくてな」
「ぶぅ……何処に居たんですか?」
「さあな。その答え合わせは後で良いだろう。きっと説明してくれるはずだ」
言って彼は七色の球体に手を入れると……二本の刀を引き抜いた。
両方を腰に差し、脇差の方を抜く。
「レシア。これを使え」
「刃物はちょっと……」
「大丈夫だ。武器としてでは無くて踊りの道具として使えってことだ」
「道具?」
首を傾げる彼女にミキは悪戯少年のような笑みを向けた。
「剣舞と言って俺が居た世界では有名だったんだが……お前では初代の巫女も出来たであろう踊りが出来ないのか。なら仕方ないな。お前が"出来ない"なら仕方ないよな?」
彼女の目が座り、無言で脇差を掻っ攫う。
「ふっふっふっ……ミキ? 今日は色々とあり過ぎて忘れてました。後で鳥さんと一緒にすっごい罰を受けて貰いますからね! 私を心配させたんだから!」
「ああ。お前の舞が良かったら従おう」
「見てなさい!」
本気になった今代の巫女が、歩を進め軽やかに舞い始めた。
(C) 甲斐八雲
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