其の拾漆
右手に圧し掛かる重さに違和感を感じながらも、レシアは軽い足取りで前に進む。
常人では真似ることの出来ない微かな体の揺れを用いて、亡者たちが伸ばす手を交わして行く。
音が無いのが少し物足らないが、レシアの足と体は止まらない。
まるで亡者を相手に踊るかのように体を動かし、漂う匂いも忘れて舞い続ける。
(あっ……何か分かって来ました)
右手の重さにに戸惑っていた彼女の動きがまた変わる。
手にしていた刀を道具ではなく体の一部だと思い動き出したのだ。
(あはっ……楽しいです~)
優雅にしてきらびやかに刀の刃を光らせ振るう。
日光を受けて光り輝くそれを纏うかのようにレシアの舞は止まらない。
次第に亡者共は、その動きを鈍らせ始めた。
止まっていた聖火の再燃と、何よりも剣の舞を奉じる巫女が居る。
剣舞とは戦前の高揚に用いられることも多いが、それとは別に魔を断ち鎮める為に踊られることも多い。
巫女と呼ばれる存在の剣舞。これ以上の鎮魂の舞は無いだろう。
普段の動きを取り戻し舞う彼女から目を放し、彼もまた腰に佩く打刀を抜いた。
「この手の妖類は相手をしたことが無いんだがな」
寄る亡者を袈裟斬りにするが手ごたえはない。
「ちと困ったな」
「こっけ~」
ポフッと頭の上に止まった球体が鳴く。
ミキの持つ打刀に白い炎が宿った。
「今日は気前が良いな。どうした?」
「こっけぇ~」
『知りません』と言いたげに球体はフワフワと飛び上がるとレシアの方へ向かう。
何だかんだ言っても
と、自分のことを思い出してミキは苦笑した。彼もまた結局は彼女の傍が良いのだ。
「南無八幡大菩薩」
言葉を刀に乗せてミキはまた振るう。
手ごたえは……あった。
「魔を払うのがあっちなら、魔を断つのが俺らしい」
軽く首を鳴らして彼は切っ先を向かって来る亡者へと向けた。
「逝きたい者から寄って来い。極楽浄土に行けるのかは知らんがな」
『消えていく』
『皆が消える』
『何故だ』
『何故消える』
『我らは死なぬ』
『我らは消えぬ』
『何故消える』
『何故失せる』
『我らは選ばれた』
『そう選ばれた』
『この地の守護に』
『我らが守護に』
『選ばれた』
『だから消えぬ』
『我らも』
『楽園も』
『決して』
『消えぬ!』
と、最後の一体となった亡者を唐竹割りとして……ミキは刀を払い鞘に納める。
レシアの舞はまだ終わらない。むしろ今始まったかのようにその動きを続ける。
今回は一人だけか……と思う彼の横にそれは現れた。
「ほっほっほっ……見事に舞うな」
「ええ」
「だがまだ荒い」
「ええ」
「……否定せんのか? 惚れた女の舞をけなされて」
老人の問いにミキは苦笑する。
どんなにけなしたくとも自分の目には彼女の舞は素晴らし過ぎる。
自分では決して到達することのない領域に居るのであろう天才だ。
「あれがあの程度で終わるだなんて思ってませんから」
「厳しい伴侶よのう。儂より厳しいか」
カカカと笑い老人は歩き出す。
「先に行って待っとる。お主の連れなら見つけ出せるじゃろう」
歩いて姿を消し……声だけが残っていた。
ミキは何となく鼻で笑って最愛の人の舞に目を向ける。
鎮めよ鎮めよ。そう見える彼女の舞に、廃墟となっていた場所が静かに砂に飲まれて行く。
ただ押し寄せるのを止められていた砂が押さえを失い動いているだけなのだが……彼の目にはそれが、棺桶を閉じる蓋のようにすら見えた。
「いっぱい踊りました!」
「そうか」
汗で全身を濡らし、顔にも粒のような汗を浮かべているが……彼女は満開の桜のような笑みを浮かべていた。
「はいミキ」
「ああ」
受け取った脇差を腰に戻し、彼はゆっくりと辺りを見渡す。
砂が廃墟を飲み込み全ての痕跡を消していた。唯一残っているのは僅かに顔を覗かせる岩から燃え昇る炎だけだ。最初見た時よりも勢いが弱まり、高さは無くなっていたがまだ燃えていた。
「あれって何なんですかね?」
「炎だろう」
「……なんで燃えているんですか?」
「知らんよ。ただ燃える水と言う物が存在していると聞いたことがある。水があるなら他の物があってもおかしくは無いだろう?」
「へ~」
興味本位からかレシアは炎に近づいて行く。
危ないと声を掛けそうになった彼だったが、流石にそこまで馬鹿では無いだろうと相手のことを信じた。
「あっ」
結果として……彼女は馬鹿では無いが抜けていた。
ひざ丈ほどの炎を覗き込んだ彼女の頭上には、七色の球体が鎮座していた。そう。ただ座っていただけだ。
故に頭が傾いたことでコロッと転がり……そして落ちた。炎の上に。
「くぅぉけぇぇぇえええええ~っ!」
「うにゃ~! 丸焼きです! お腹空きました!」
「こぉけぇ~っ!」
何故か『酷くない?』と言う球体の魂の叫びをミキは聞いた気がした。
だが見る見る焼けた球体は……金色の光を放ち炎から出て来た。
金と赤が混じった神々しいばかりの鳥だ。形としては孔雀にも似ているそれは、そっとレシアの顔を見上げると……首を軽く傾げてから飛び上がり襲いかかった。
「おおう。何ですかっ! 痛い痛いっ! 突っつくのはダメです! ってどこに顔をっ! この助平鳥さんがっ! もう怒りました!」
何やら争いを始めた馬鹿共を見つめ、やれやれと肩を竦めたミキは……手刀を構えるとそれを二度ほど振るったのだった。
(C) 甲斐八雲
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