其の拾参

「ううう……」


 膝を抱えてレシアは動けずに居た。

 どんなに意識を遠くに飛ばしても大切な存在が見つからない。自分の力の限界まで振り絞ってもだ。


「ううう……」


 ボロボロと額から大粒の汗を落とし、息を吐いたレシアは力を使うのを止めた。

 無理し続けた結果……着ている服が汗を含み濡れて重くなってしまった。


 軽く顔を振ると立ち上がり辺りを見る。

 コロコロと砂の上を転がるようにして七色の球体が天幕を片付けていた。

 綺麗に畳まれた布を飲み込み骨格となる木組みの解体を始める。だがせっせと働いていた球体をレシアはむんずと捕まえると……その目を見つめた。


「ミキは何処ですか?」

「……」

「言いなさいっ!」

「こ~っ」


 上下に激しく振って沈黙し続けている鳥の思考を読み解こうとする。

 だが相手も頑なに思考を見せない。しばらく球体を振り続けたレシアは……球体から手を放した。ポテッと砂の上に落ちた七色の鳥は、見上げた先でそれを見る。


 ボロボロと瞳から涙を溢れさせる少女の存在をだ。


「ダメです……ミキが居ないのはダメです」


 力無く砂の上に両膝を突き、レシアは手を伸ばすと砂の上に居る七色の球体を掴んでギュッと抱いた。


「無理です無理です……寂しくて辛くて……」

「こぉけぇ~」


 顔を七色の羽に押し付けて肩を震わせる。

 しばらくそんな時間が過ぎ……不意に球体は投げ捨てられた。


「こっ!」

「あ~っ! もう何なんですか!」


 砂に落ちた球体はまた改めて見上げる。

 さっきとは違い激怒した少女が両手を硬く握って立っていた。


「普段は私に『フラフラするな』とか『勝手にどこか行くな』とか言っててっ! 自分は何も言わないでどこかに行くとか信じられませんっ! 帰って来たら……えっと……とにかくあれをしますっ!」


 怒りに任せて天幕の木組みを解体すると集めて七色の球体に押し込む。

 代わりにその口から自分の荷物を取り出して替えの服を手早く縫うと着替えを済ませた。


「鳥さん。ミキを見つけてたっぷりと叱りますよ」

「こ~」

「嫌そうな声を出さない。見つけるまでここに居ます。良いですね!」

「こぉぉぉ……」


 人のいる場所に移動しようと言う鳥の主張はあっさりと却下され、レシアは肩を怒らせて歩き出した。


 やれやれと羽を竦めた球体は、ゆっくりと飛び上がり……高く高くへ昇って行った。




「三木之助様」

「ん」

「宜しいのですか? このような場所でゆっくりとしていて」


 縁側にて時を過ごしだいぶ経つ。

 妻の言葉に彼は小さく笑うと、彼女の太ももに預けている頭を軽く動かした。

 目を覚ましてから彼女の膝枕で横になり庭を見ていた。


「足でも痺れたか?」

「もう悪ふざけを」


 足では無く尻に伸びて来た夫の手を軽く抓って妻は笑う。


「私に女性の魅力など感じていないでしょうに」


 ゆっくりと彼は妻を見る。


「子も成せない私のことなど気にせずどうか側室を」

「断る」

「ですが」

「くどい」

「……」


 涙をためた相手の目を見て、彼はため息を吐いた。


「何度も言っているが、俺に子種が無いかもしれんだろう? もしそうだったら悪いのは俺だ」

「ですから側室を」

「……それで答えを知ってどうする?」

「……」

「もし側室が子を孕みでもしたらお前はどうする? 離縁でもして出家するか?」


 心の内を見透かされた相手の言葉に妻は黙る。


「俺は相手がお前だから祝言を上げた。そのことは決して忘れるな」

「ですが……」

「だったら弟に良い相手を探して来い。彼奴に子を作らせて養子を得れば良い」

「ですが」

「……義父殿も反対などしないさ。俺とて養子なのだからな」


 優しく笑いかけて預けていた太ももから頭を剥す。

 立ち上がった彼は軽く背伸びをすると、自分を見つめ見上げている妻に手を差し出した。


「立て。着替えて少し外を回ろう」

「……はい」


 夫の手を取り妻はゆっくりと立ち上がった。




「この中にはミキの気配は無いんです」


 村らしき場所の中心に来たレシアは、語り掛けているはずの球体が居なくなっていることに気づかず延々独り言を繰り返していた。


「中に無いなら外に……と思いましたがやっぱり居ません」


 クルッとその場で軽く回って何故か両手を広げる。


「ミキだったらどうな風に考えるでしょうか? きっとミキなら……」


 今までの経験を断片的に思い起こし、レシアは最も新しい記憶を頭の中に広げた。

 所々虫食いのように消えかけているのは気にしない。だって大切なことは"彼"が覚えている。


 自分はただ自分にとって何かの足しになることだけを覚えて行くと……そう自分に言い聞かせてレシアは何かを誤魔化した。


 誤魔化したのだが……何となく頭に痛みが走った気がしてその場にしゃがんだ。

 大丈夫。彼は今居ない。だから今の痛みも気のせいのはずだ。

 ズキズキと痛む頭を撫でながら立ち上がったレシアは、またしゃがむと砂を叩き始める。


 落とし穴に落ちたとしても意識を下に向ければ見つけられるはずなのだ。それに自分の足元に見えるのは、砂と石と土と水と……それ以外の物だ。

 少し離れた場所に塊であるあれは何だろうと思いながらも、好奇心を抑え込んでレシアは観察を続けた。


 結果として足元には何も無い。だったら次に見る場所は……。


「どこでしょうか?」


 首を傾げて思考し始めた。




(C) 甲斐八雲

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