其の拾壱
『若い男女だ』
『とても貴重だ』
『一人は我々が見える』
『我々と話せる』
『どうする?』
『どちらを残す?』
『どちらを奪う?』
『どちらを殺す?』
『どちらを食らう?』
『折角の餌だ』
『いつ以来か?』
『思い出せない』
『だが今は居る』
『この場所に居る』
『若い男女が』
『若い男女だ』
『どちらを食らう?』
『どちらを残す?』
「……ふにゅ?」
目を覚ましたレシアは、頭に残る言葉が霧散して行くのを感じた。
何か嫌な言葉が蔓延っていた気がするが、消えてしまったのだから仕方ない。
う~んと背伸びをして自分の隣を見る。
珍しくグッスリと寝ているのか、彼は目を閉じたままで身動き一つしない。
嬉しそうに笑った少女は、甘えるように抱き付いて自分の体を擦り付ける。その様子はまるで猫だ。
これでもかと自分の匂いを相手に移し、そして一糸纏わぬ姿に気づいた。
昨夜はあれから外で……思い出して恥ずかしさから相手の胸を手で叩く。
色々とあってからどうにか頑張って天幕を組み立てて……また思い出して相手の胸を叩いた。
「流石に痛いぞレシア?」
「ミキが悪いんです」
「そうか」
上を向いたままで息を吐く彼の顔を覗き込んでキスをする。
少し顔を離してレシアは彼の目を見た。
「……あれだけ私にしておいてそんなことを思いますか?」
「何と思ったか言ってみろ。正解していたら謝ろう」
「ですからミキは……」
言おうとして気づいた。言ったら負けだと。だが言わなくても負けなのだ。
八方ふさがりになって不貞腐れる彼女に笑いかけ、ミキは体を起こして相手を抱きしめた。
「おはようレシア」
「……おはようございます」
返事をし、レシアは言葉でなく行動で相手に答えを示す。
もう一度キスをして……そして抱き付いた。
「あれ?」
「どうした」
「変です。誰も居ません」
天幕を出たレシアはそれに気づき辺りを見渡す。
昨日あれほど居た『住人』たちが一人も居ないのだ。
「明るい時間だから姿を消しているんじゃないのか」
「そうなんですか? 私の目には明るいも暗いも関係なく見えるはずなんですけど」
「……今が昼だからか?」
だがレシアは首を傾げる。
「そっちのことですか。でも朝から晩まで見えますけど」
「……普段のお前が何を見ているのか気になる発言だな」
「ふぇ? 色々ですよ? この世界はたくさんの色と感情と存在が溢れてて、見ててとっても楽しいんです」
「そうか。お前のその感性じゃ無ければ耐えられなさそうだがな」
素直に相手の色々な規格外を褒め、ミキは呆れた様子で頭を掻いた。
見え過ぎて聞こえすぎると言うのは良いことばかりではないらしい。
「今は見えないんだな」
「は~い」
さっさと天幕を畳み始め七色の球体に押し込みながら、レシアは鼻歌交じりで片づけを進める。
ミキとしては最初から見えていないので、『見えなくなった』と言われても支障はない。
「それなら丁度良い。片付けたら行くぞ」
「どこにですか?」
「ん。すぐそこだ」
「はい?」
レシアと七色の球体を連れ、ミキは村の中らしい場所を歩いて回る。
自分の目には見えなくても彼女の目なら見つけられるはずだ。そう思って歩いて回るとやはり次から次から見つけた。
「ん~。ここにもあります」
「どこだ?」
「この砂の裏ですね」
後ろ腰に差している十手を抜いて、彼は言われた場所に突き刺す。
ザクザクと乱暴にかき混ぜると、十手の先に何かが触れた。確信を持って引っ張ると……砂と共に人骨が転がり出て来た。
「これで七つ目か」
「ですね」
ツンツンと指先で突いて彼女は何かを確認する。
しばらく眺めているとレシアは彼を見た。
「この人も村の中に居たと思います」
「でも遠くから眺めていただけって言う、さっきと同じ言葉が続くのか?」
「はい」
「……その辺が何かのカラクリだろうな」
頭を掻いて考えを纏める。
人から聞いた話では、砂漠の中にある何処かに誘われ帰って来ないらしい。ただ偶然帰って来る者も居るらしいが。
(まるで怪談の類だな)
そう思うと気が楽になって来る。つまりこの場所は怪談の現場なのだ。
(果心居士がレシアをこの場所に向かわせたのは、村の住人たちを成仏させるのが目的だろう)
甘えて来るレシアの肩を抱いてミキは歩き出す。
背後では七色の球体がコロコロと転がり、姿を現した人骨をまた砂の中へと戻した。砂の中で完全に乾燥すれば人骨は砕けて砂と混ざる。つまりは自然へと還ることに他ならない。
(だがこの村の住人は生きた人々を誘い込んで何かをしている。それは何だ?)
「ミキ~」
「何だ?」
「ん~」
どうやら彼が思考しているのを良いことに甘えて来ているだけだった。
だがミキは相手の好きにさせると思考を続ける。
(怪談の類ならただ人を襲って食らうだけだな。……これだったらもう少し幸の世間話に付き合っておけば良かった)
ここでは無い前に居た場所では、亡き妻が義父が持って来る書物を読んでいた。適当に手に入れた物を運んで来ては屋敷に置いてゆき、妻が興味を持っては全てを読んでいたのだ。
お蔭で彼女は広い知識を持っていた。怪談話も含めてだ。
「……化けて出て来て欲しいものだな」
「何がですか?」
「気にするな。ただの独り言だ」
言って彼は腕の中に居る今の"幸せ"を抱き寄せた。
(C) 甲斐八雲
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