其の拾

『聖火』と呼ばれる炎を中心にその村は栄えていた。

 砂地であるこの地域には珍しく、岩場の隙間から燃え上がる炎をそう呼んでいたのだ。

 村に繁栄をもたらすと言うその火を住人たちはずっと大切にし続けて来た……そう。人の気持ちが移り変わるまで。


 どんなに村が栄えても人の欲は満たされない。

 どんなに平穏な時が続いても些細な困難は生じる。


 いつしか人々は自分たちの幸運を『当たり前』と思い、そしてその幸運をもたらす存在を軽んじるようになった。


 偶然その年、流行り病で聖なる儀式の催事を務めていた老人が急死した。

 後継者は育てている途中であり、儀式を執り仕切る自身の無かったその者は村人に告げた。

『今年の儀式は取りやめとしよう。先代も亡くなったばかりで祝い事は不幸を招きかねない』と。

 反対する村人は少なからず居たが、流行り病で村人が五人も亡くなっていたこともあり儀式は中止することとなった。

 他の村では半数近く亡くなるほどの強い病であったのだが。


 例年儀式を行っていた日が過ぎ……村人たちは何の変化も起きないことに拍子抜けした。

『これだったら数年に一度で良い』などと言う声が広がる最中……それは不意に起きた。


 火が消えたのだ。


 村の中心で、煌々と燃えていた火が消えた。

 そしてひと際大きな鳥の鳴き声が響き……村から幸運が消え失せてしまった。

 干ばつ、地震、疫病など、厄災や天災が次から次へと襲いかかり……村に住む人々は、あっと言う間に死に絶えてしまった。


 だが彼らは誰一人としてこの地から離れられない。

 死したままで村のあった場所を徘徊する……亡霊となったのだ。




「なるほどな」


 何とも言えない空気を纏い、ミキは自身が椅子代わりにしている岩場を叩いた。

 聖火が灯っていた場所らしき部分には僅かな焦げ跡があるだけだ。

 火が消えてどれほどの月日が経ったのかが良く分かる。


「本当に不思議な話はまだあるんだな」

「……」


 砂地に顔から突っ伏すレシアは、自分のお尻を押さえてピクピクと震えていた。

 甘やかしすぎるのは彼女にとっては毒でしかないから、ミキは初志貫徹で彼女の尻を20回叩いた。

 最後の二回ぐらいでおかしな声を上げていた彼女は、地面に突っ伏したまま動かない。きっと周りに居るであろう亡者たちから慰めの言葉を浴びているのだ。


「まっ総合的に判断して……犯人はお前か、その関係か」


 漂うようにこの場から立ち去ろうとしている七色の球体を掴み、ミキは自身の顔の前へと運んだ。

 横線にしか見えない球体の目を見つけ睨みつける。


「確か南を守護するレジック様は、餌であるグリラを追ってこの地を離れた。だが全てでは無かった。この村に留まった存在も居たのだろう。それは何故か? 答えは聖火だ」


 ダラダラと汗を流す球体を、ミキは聖火が燃えていた部分に押し付けた。


「さあ燃えろ。火が必要なら今すぐにでも点けてやる」

「こぉくぅぇ~っ!」


 哀れんだ様子で命乞いにも似た声を発する球体。しばらく待ってみたが特に変化は生じなかったので、やり方が違うのかと理解しミキは球体から手を放した。


「……」


 ようやく顔を上げ、ブツブツと呟いている旅の連れにミキは顔を向けた。


「レシア」

「……大丈夫。痛かったんです。痛かっただけです。ちょっと良いかとか思ってません」

「レシア~?」

「はいっ! 叩かれれば痛いんです」

「どうしてそんな当たり前のことを言っている?」

「……」


 顔を真っ赤にさせてお尻を押さえて彼女は飛んで来た。


「何ですかミキ? 何でもしますよ~」

「なら尻を出せ。追加であと十回ほど」

「ミキは人で無しですかっ! これ以上されたら私……ごにょごにょごにょ……」


 今まで見たことも無いほど顔を赤くして彼女が顔を背けた。




「鳥さんは無罪を主張しています」

「たぶん逆さに吊るされているからそう言っているんだろう」

「……」


 足らしき部分を掴んで宙にぶら下げていたレシアは、両手で包むようにして球体を持ち直す。

 ジッと目らしき部分を見つめ……何故か球体を放り投げると、そのしなやかな足を後ろへと振り上げ、落下して来た球体を蹴った。


「失礼です!」

「……」

「ミキ聞いて下さい! あの子ったら『馬鹿に伝える手段は無い』とか言うんですよ!」

「事実だろう」

「……泣きますよ?」


 その目を両方ウルウルとさせる相手に、彼は深く息を吐いた。

 あの球体としたら、レシアとこの村から離れられない亡霊たちとのやり取りを見ての判断だろうが……やはり間に立つ者は少なからず知識と経験と知恵のある者が好ましい。


 過去、南蛮の者と初めて会って会話した人のことをミキは心の中で素直に尊敬した。


「まずは少しずつ話を拾い集めて、解決の糸口を探すこととしよう」

「……泣きますよ?」

「泣きたいなら泣け。でも泣かずに居るなら抱いてやる」

「……」


 涙を拭ったレシアは真っ直ぐ彼に駆け寄り抱き付いて来る。

 ここまで自分の気持ちと言うか、欲望に忠実なのは凄いなと変に感心する。


「あれ? ミキ……どこを?」

「何を言っている。俺は『抱いてやる』と言ったんだぞ」

「……あれ? あれれ?」




(C) 甲斐八雲

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る