其の伍

「これで大丈夫ですかね」

「綺麗なまでに埋めたな」


 ゴロゴロと地ならしをするように巨大化した球体が回っている。


 体に虫を宿したとは言え、生きている人間を生き埋めにするのは多少抵抗があった。

 抵抗があれども自分の命にかかわるのならミキに容赦は無い。


 完璧な仕事を終えて辺りを見渡す彼に正面からレシアが飛び込んで来た。

 咄嗟に足を引いて踏ん張ろうとしたが、彼女の足が絡んで来て体勢を崩された。


「……何がしたい」

「ん~。久しぶりに邪魔な視線を感じません」


 馬乗りになった彼女は、ミキの上に座ってニマッと笑う。

 やれやれと肩を竦め、彼女越しに夜空に浮かぶ月を見る。

 今夜は明るいと思っていたが、空には丸い月が浮かんでいた。


「オオカミや犬の類は満月の夜に騒ぐとか言うな」

「そうなんですか?」

「つまり今のお前は動物並みと言うことか」

「……ガルル」


 怒ったレシアが唸り出す。本当に可愛らしい動物だ。


「ったく……人の目が無くても外でやりたいのか? 俺は構わんぞ?」

「ふえっ? 違います。ちゃんと天幕をですねってミキっ! 早いです!」


『にゃ~っ!』と犬から猫に変わり、レシアは声を上げた。




「大変ですミキ」

「どうした?」


 僅かな水で体を拭い、全身を綺麗した少女がキョロキョロと辺りを見渡す。

 余程のことがあったのか、普段見せないほど慌てた様子だ。


「……ここは何処ですか?」


 カチンと頭の中で何やら痛みを感じる。

 幻痛の類だと分かっていても……ミキは黙って相手の頭を両の拳で挟んだ。


「いにゃにゃ~ん。……酷いですミキ」

「酷いのはお前の頭だろう?」

「にゃんですって! 今朝はとっても元気です!」


 どうやらまだ寝ているらしいからもう一度挟んでおく。

 ジタバタと暴れた彼女は天幕の中から外へと飛び出し、そのままの勢いで戻って来た。


「全身がピリピリとしました」

「服を着ろ。それとフードもだ」

「……暑いんですよね」


 ブチブチと不満を言いつつも、彼女は服を着てフード付きのローブを頭から被る。ただ飾りの布でローブが彩られているのは、シャーマンとして絶対に譲れない何かなのだろう。

 その布が原因でローブ内が暑くなっているのだろうと、気づいていても言わないのがミキなりの優しさだ。言った所で騒ぐだけ騒いで外さないのが目に見えて解っている。


「それでどうした? 俺にも分かるように説明しろ」

「ミキは頭が良いんですからっ」


 サッと手刀を構えたらレシアは頭を抱えて防御姿勢だ。


「……外の様子が分かりません」

「…………晴れているな」


 天幕から顔を出して彼は突き放した様子で言う。


「にゃぁ~っ! それぐらい私だって分かってますっ! あれです。自然を介して何も見えないんです。真っ暗です。ここは何処ですかっ!」


 騒ぎだしたら不安まで付いて来たのか、レシアがジタバタと暴れ出す。

 下着を付けずに服を着たことを叱るべきか軽く悩んでから、ミキはただ静かにため息を吐いた。


「普段見えるお前の目が使えないと思えば良いのか?」

「ん~。耳もですね。何も聞こえません」

「……逆に何が使える?」


 立ち上がった彼女が真っ直ぐ彼の目を覗き込む。

 その澄んだ大きな目にミキは吸い込まれそうな錯覚すら覚える。


「もうミキったら……んっ」


 一歩踏み込みキスして来た彼女の様子から、人の心は覗けるらしい。


「そこの枕は?」

「鳥さん鳥さん」


 ベタッと床に広がっていた七色の何かが、己の形を思い出し球体となって浮かんだ。

 小さな羽をパタパタと動かすと、レシアの頭の上に止まる。


「ん~と、『昨日はとってもお盛んでしたね』って言ってますね」


 とりあえずミキの手刀が球体に振り落とされ、ついでにレシアの頭にも衝撃を伝える。


「慎みを持て。慎みを」

「のぉぉおお……正直に言っただけなのに~」


 頭を押さえ転がる一人と一匹から目を放し、ミキは思案する。

 レシアの目と耳が塞がれたの正直痛すぎる。それを頼りに隊商に戻る予定で居たが……計画が崩れた。


「お前の力が使えなくなった理由は追々考えるとして……現状俺たちには問題がある」

「問題ですか?」

「ああ。まず向かうべき方角が分からないことと飲み水の問題だ」


 北の巨岩のような亀から貰った水を作る石のお蔭で最小限の水分は得られる。だが本当に最小限である。


「……お前が体を拭く前に気づければ良かったのにな」

「危ない所でした」


 サッと構えた手刀から、レシアが頭を抱えて防御姿勢を作る。もうほとんど反射的だ。


「……無くなった物を今更後悔しても詮無きことだな。天幕を片付けてとりあえず南に向かって歩いて行くしかないな」

「南が分かるんですか?」

「太陽の位置でおおよそな」

「おお。流石ミキです」


 何故か鼻歌を始めてレシアは荷物を片付け始める。とは言っても自分の荷物を丸めて球体の口から押し込んで行くだけのことだが。

 その様子を眺め彼女が天幕を片付け始めようとした所でミキは口を開いた。


「ところでレシアよ」

「何ですかミキ?」

「いくら暑いからと言って下着を履かないのは女としてどうかと思うぞ」

「……」


 その言葉を受けて彼女のローブの中でモゾモゾと手が動く。


「どうしてもっと早くに言ってくれなかったんですかっ!」

「……気づくと思った」

「も~」


 泣きながら球体に手を突っ込み……レシアはどうにか下着を見つけ出した。




(C) 甲斐八雲

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