其の肆

 地面から並んで顔を出すようにして二人は"上"の状況を確認した。

 自分たちを追跡していたはずの男たちが、何やら手を振りながら歩いている。

 まるで何かを掴もうとして手を伸ばしては、スルリと逃げられたのか顔だけ動かし視線で追う……そんな状況が繰り広げられていた。


「何だと思う?」

「ん~。んっ? ……ん~」


 腕を組み状況を見つめるレシアの"目"を期待したが、彼はその様子から無駄だと判断した。


 彼女の目に原因が分からないのであれば、自分がどう考えても現状謎は解けない。

 タンタンと軽く爪先を動かし指示すると、ブクブクと足元が膨らみ体が上へと持ち上げられて行く。

 しばらく待つと足元が古井戸よりも盛り上がり、二人は難なく砂の上に立った。


「出れました」

「そうだな」

「……出れない感じで私をイジメましたね?」

「言うことを聞かなかったのは誰だ」

「……ごめんなさい」


 肩に手を置き頬にキスし、レシアは足元の感触を確かめるように歩を進める。

 ただ流石に懲りたのか、彼の傍から余り離れようとはしない。その様子にクスリと笑い、ミキは肩越しに背後を見た。


 シュルシュルと足場だった物が縮み、古井戸からその小さな羽をパタパタと動かし七色の球体が出て来る。

 迷うことなくレシアの服の上から胸に張り付きその中に納まった。


「その馬鹿鳥が居て良かったな。居なかったら流石に出れなかった」

「ですね」


 クルクルと回るレシアは彼の言葉に相槌すると、パタッと足を止めた。


「人の数が減ってます」

「今頃気づくな。どうやら古井戸に誘い込まれているらしいな」


 言ってミキも視線を向ける。

 ヨロヨロと何かを掴もうとする動作を見せながら、彷徨い歩く男の足元が崩れその姿を消す。


 と、気配も発せず懐にレシアが飛び込んで来た。

 余りにも突然のことで反応出来なかったミキは、彼女の手が自分の首に触れるのを感じた。


「何か嫌な感じです」


 一瞬首の皮膚が何やら引っ張られた感じがする。

 その正体は彼女の指に挟まった虫だった。


「鳥さん」

「こけ~」


 彼女の胸元から顔らしき部分を出した球体が、指につままれた虫を吸い込んだ。


「今のは?」

「分かりません。でも凄く嫌な感じがします」


 ハシッと抱き付いて来たレシアは、辺りを警戒するように視線を走らせる。


「結構居ます。……集まって来てるのかな?」

「それは厄介だな」


 虫が止まっていた部分の首を摩り、ミキは視線を彼女の胸元へと向ける。

『仕事終わったんで……』と言いたげな様子で谷間に戻ろうとする球体をむんずと捕まえ引き抜いた。


「とりあえずコイツに食わせるか」

「ん~」

「無理なら今夜は虫を払って過ごすようだな。今の気分はお前をギュッと抱きしめてやりたかったが」

「さあ頑張りましょう鳥さん」

「こぉけぇ~」

「んん? そんな嫌そうな声を出してもダメですよ」


 ミキから球体を奪い取ったレシアは、ポンポンと叩き出す。


「悪い子はお仕置きです。頑張らないとお尻を叩くのです」

「ああ。その球体が頑張ったらお前の罰は無かったことに」


 クワッと目を見開いたレシアが彼を見るや、ポンと大きく球体を叩いた。


「全部吸うんです。……出来ますよね?」

「こけぇ……」


 両手で球体を挟み持ち、レシアは顔をくっ付けて命令する。

 何故か体中から汗らしき物を噴き出した球体は、ガクガクと揺れて彼女の命に従う。

 パタパタと羽を動かしレシアの頭の上に乗ると、すぅ~と息を吐いて……そして吸った。




「これで虫は全てコイツの腹の中か?」

「みたいです。流石鳥さんです。底無しの胃袋です」


『げっふ~』と息を吐きながら、満腹になった腹を抱えてレシアの頭の上に居る球体は、随分と大きくなっていた。


「で……問題は」


 虫の処理をしている間に辺りには人の気配が無くなっていた。

 誰もが古井戸に誘われたのか、砂の上にポカッと暗闇の口が開いている。


「人聞きの悪い言い方かもしれんが」


 ミキはそう前置きをしながら穴を見る。


「助け出さない方が良い気がするんだ。勘と言うか何と言うか……漠然と嫌な予感がする」


 言いようのない不快感。

 それだけで人を見殺しにするのは余りにも酷い話だと思うが、ミキの直感が告げて来るのだ。『助けるな』と。


 その場にしゃがんだレシアは頭上の球体を砂の上に置く。

 鳥らしく軽く砂浴びをした球体は……不意に穴の方に歩いて行くと、器用に足らしき部分を動かして埋め始める。


「あれは何だ?」

「たぶん埋めてますね」

「だから何故埋める?」

「……鳥さん。それはご飯じゃ無いですからね」


 物騒なことを言って駆け寄ったレシアは球体を掴んで見つめる。

 すると何故かまた砂の上に球体を戻し、今度は仲良く砂を古井戸に向かって掛け始めた。


「レシア?」

「もうミキ。急いで穴を塞いでください」

「……理由は?」


 軽く首を傾げた彼女は、視線を宙に彷徨わせる。


「鳥さんが飲み込んで食べた虫は、人の体に卵を産むそうです。そして卵を産まれた人は、普通だと見えない何かを見だして……やがて死んでしまうそうです。で、卵はその宿主の」

「分かった。俺の見殺しよりも酷い結果になるらしいな」

「……です」


 また作業に戻るレシアの様子にため息を吐き出し、自分に卵を産まれなかったことに安堵しながらミキも穴を埋める作業の手伝いを始めた。




(C) 甲斐八雲

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