其の弐拾参

 定型文のような掛け声から襲いかかって来る男たち。

 ミキは刀を抜かずに十手のみで相手をしていく。


 襲いかかって来る男たちが斬り殺すほどの相手でも無いと分かっているし、何より硬さだけならこの大陸でも一番と言われているオリハルコン製の十手だ。

 打撃されただけで骨は砕け、場合によっては死に至らしめる凶器となる。


 だが生きるも死ぬも持って生まれた人の運。

 ミキは微塵も気にすることなく一撃を与えて行く。


 打ち倒した者が二桁を超えると……殺気立っていた男たちの様子が明らかに戸惑い、そして恐怖へと変わる。

 ミキのことを数的有利が意味をなさない相手と認識し、完全に委縮してしまったのだ。


「退けい! この役立たず共が!」


 響く罵声に狼狽えた男たちの一人が、後ろから尻を蹴られて地面を転がる。

 目の前に転がって来た男に一撃を加え……ミキはようやく姿を現した男たちを見た。

 先日の娼館で見た男たちに間違いない。西から来た用心棒とその配下らしき男たちだ。


 身に纏う雰囲気は稚拙だが、それでも剣術を学んだ気配を感じさせる。

 故にミキはこの場で相手が出て来るのを待っていた。

 西で剣を教える存在……その人物が気になって仕方なかったのだ。


「あの時の若造か」

「覚えていたか」

「ああ。……てっきり主にしな垂れかかっていた女を見ていたのかと思ったがな」


 ガハハと豪快に笑い、男は配下の者たちを促す。

 誰もが素人以上でしかない身のこなしだ。


「丁度良い。お前たちに剣術を教えた者の名を知りたかった……殺す前に答えてくれんか?」


 ミキは十手を後ろ腰に差し、その手を刀へと伸ばす。

 用心棒の男は数的有利、そして相手の若造が"剣術"を知っててデカい口を叩く姿にニヤリと笑う。

 どうせ小物のはったりだと認識したのだ。


「剣術を知ってて喧嘩を売って来るその姿に免じて教えてやろう。俺はこれでも西の闘技場で名の売れた存在だった。だがある日、"師"と出会い俺はさらなる高みへと誘われた!」


 腰の剣に手を伸ばし男は吠える。


「我が師ヨシオカの剣を食らうがっ! ……あれ?」

「悪い。もうお前に用はない」


 一歩で相手の間合いに入り逆袈裟で斬り抜いたミキは、ようやく斬られたことを認識して崩れ落ちる用心棒にその目を向けた。


「ここで吉岡か……本当に義父おやじ殿は息子に対して面倒事を押し付けるのが好きらしいな」


 ニヤリと笑いミキは辺りを見渡した。

 突然のことに思考が追い付かない用心棒の配下たちが、慌てて剣を抜き構えた。


「悪いがお前たちは全員斬る」


 それはこれから起こることの説明だった。


「俺の名は三木之助。吉岡を食らう鬼門の鬼たる人物の養子むすこだ」


 鬼の子が容赦の無い裁きを下した。




 元仲間だったエシャンは、サーリを相手取って有利に戦っていた。

 その腕っぷしの強さからエシャンはブジムバの護衛となり、屋敷内の情報を仲間たちにもたらす存在だった。だが今となればどこまでが本当に仲間だったのかすら怪しい。


 ただ自分を育て導いてくれたシャーマンのような存在になりたいと、サーリは必死に頑張り続けて来ただけだ。

 だからこそ彼女は禁を犯していた。

 シャーマンの力を人殺しのすべとして用いたのだ。


 結果として彼女は自然からの加護と呼んでも差し支えない力の大半を失っていた。

 それでも自力で御業である"歩法"を実行できるのは一重に彼女の思いが成す奇跡に等しい。


 しかしその奇跡や思いも……圧倒的な力の前では無意味だ。

 振り下ろされた剣を交差で受けた彼女のナイフが弾けた。余りの威力に両手の握力がもたなかったのだ。


「全く……お前みたいな馬鹿が何も考えずに余計なことをするから面倒なことになる」

「なに……を? あぐっ!」


 髪を掴まれ無理やり立たされ……サーリは彼の平手をその頬に食らう。

 パンパンパンっと何度か往復し、サーリの頬は腫れて口や鼻から出血も見られる。


「良いか? シャーマンは高く売れるんだ。だからお前も最後に売ろうと決まっていたのに……取引相手から『あの女は力を失いつつある。買えんよ』と言われた。何でもシャーマンの力で人を殺すと力が無くなるらしい。全く……売れもしないお前みたいな馬鹿を何に使えと言うんだ? なあ?」


 圧倒的な優位。そして自分の手の中に居る馬鹿な娘は、仲間である男たちをこの場から遠ざけて単身で挑んで来た。

 出会った頃のあの見えない攻撃を食らいでもしたらエシャンとて勝てる気はしなかった。

 だが年々その姿は目に見えるようになり、今宵に至っては簡単に見えたのだ。


 だからこうしていたぶることが出来る。


「どうして……シャーマンたちは?」


 虚ろな視線で彼女はまだそんなことを言う。

 笑いながら彼は、サーリの頬を舐め得意げに言う。


「ああ? 馬鹿なお前にも教えてやる。王都の馬鹿な王たちがシャーマンを集め保護しているせいで俺たちの仕事は大変なんだ。分かるか?」

「ほ……ご?」


 相手の弱々しい声。絶望染みた様子。

 エシャンは嫌らしく笑うと、サーリの服に手を掛け引き裂く。


 年齢の割に成長している胸を見て、殺す前に楽しむことを思いついた。

 圧倒的優位と興奮が性欲を刺激したのだ。


「そうだ。馬鹿な王たちはシャーマンを集め保護している。何の役にも立たない存在を集め囲っているのだ。だから俺たちはそれを横から奪い西に売っている。金払いの良い西のおかげで俺たちの懐は潤い続けているって訳だ」

「どうして……貴方は王妃たちの……味方では?」

「あん? ブジムバ様から誘われて鞍替えしたよ。忠誠だけじゃ腹は膨れないんだ」


 エシャンはいきり立つ自分の息子を握り、サーリの股を無理に広げ押し込もうとする。

 だが何か冷たい物が息子に触れ……そして焼けるほどの熱を感じた。


「……放せ屑が」


 相手の股間にナイフを突き刺して、サーリは冷ややかな目で相手を睨みつけていた。


「がっ……。お前……何を?」

「聞きたいことがあったから手を抜いてただけよ」


 ギラッと刺すような目で睨みつけ、股間を押さえ座り込む相手にサーリは本来の歩法を見せる。

 相手の背後へと移動し、サーリを見失い慌てている相手の延髄に……ナイフの先端を押し付けた。




(C) 甲斐八雲

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