其の弐拾弐

 敷地内に侵入した者で唯一妨害を受けていない存在……レシアは鼻歌を口ずさみながらゆっくりと歩いていた。

 頭の上でピョコピョコと踊るナナイロも風に流れ伝わる"歌"に機嫌を良くしている。


 最初に足を向けたのは彼が『様子を見ておけ』と言っていた正面の門だ。

 相変わらずの轟音を響かせていたが……何気なく覗くと門は破壊されて瓦礫の山となっていた。


 その瓦礫を越えれば通行出来そうだが、瓦礫の向こう側では街の守衛と男たちが何やら言い争っている。

『確認の為に入れろ』『許可なく入ることは許さない』『なら許可を取るまでだ』等と喧嘩腰に言い争っている様子から前々からこの場所は色々と怪しまれていたのだろう。


(ん~。難しい話しはミキにお任せです)


 自分が関わっても無駄だと判断し、レシアはその場所を離れて指定された建物へと向かう。


 敷地内では武器を持った男たちが慌ただしく走り回り、中には女たちも逃げまどっている。最近分かったことだが、全裸の女性が混ざっているのを見ると……ここにも助平な人が居るらしい。

 自分のことを棚に上げ、レシアはやれやれと肩を竦めてまた歩く。


 清く流れる歌声が心地いい。微かに響く音は、何か叩いて曲を作っているのだろう。その効果は……自分の足元を歩き先に行くネズミたちに見える。

 歌で小動物を集め助けて貰おうとしているのだ。


「ん~」


 嬉しくなってクルッと軽く舞い、レシアは歩みを続ける。

 建物には護衛らしき男たちが三人居たが、誰もが困った様子で立ち尽くしている。

 何をすれば良いのか分からない感じで……レシアは彼に言われた通り、その男たちに向かい小石を投げた。


「いてっ」

「どうした?」

「何かが頭に……?」


 辺りを見渡しても自分たち以外誰も居ない。だが次から次へと小石が襲って来る。何より護衛たちを恐怖に陥れているのは、自分たちの背後で歌い続ける者の存在だ。

 何度もドアを蹴り脅しているが歌は止まらない。中に入って刃物で脅そうと思っても、飛んでくる小石に恐怖を覚えて動けない。


 結果男たちは……指示を仰ぐと称してその場から逃げ出した。


「ミキの指示通りです」


 えっへんと胸を張って威張ったレシアは、ドアまで進んで辺りを見渡す。ネズミが一匹も居ないのだ。


 建物に沿って歩き出すと……猫やトカゲなどを踏み台にし、窓の枠を齧るネズミの姿を発見した。

 ネズミたちが戦いを挑んでいるのは、はめ込み式の鉄格子の窓だ。カリカリと必死に削っては次々と後退して戦い続けている。


 可愛らしい姿にしばらく見つめていたが、どうも相手が強いらしく戦いは終わりそうにない。

 鼻歌交じりで窓に寄り、レシアは中に声を掛けた。


「済みませ~ん。誰か居ますか?」


 その声に歌が止む。

 何故なら彼女たちが支配していた動物たちが、一瞬でその支配から離れたのだ。


「……誰ですか?」


 中から響いて来た声にレシアはうんうんと頷く。


「私はレシアと言います。この中に居るのはシャーマンさんたちで良いんですよね?」

「……はい。ですがシャーマンなのは三人で」

「分かってます。色が違いますから」

「色?」

「ん~。シャーマンと普通の人とでは纏っている色と言うか空気が違うんです」

「……」


 中からの返事は沈黙だった。

『あれ?』と小首を傾げるレシアは、とりあえずこの建物の中に居る人を助け出すことを優先する。


「今から鳥さんを中に入れるので、もし怪我をしている人が居たらその子を頭の上にでも置いて下さい」

「……鳥さん?」

「ん~。鳥さんです」


 説明するよりもと、鉄格子の嵌っている窓に七色の球体を押し付け押し込む。

 だがその体型が災いして球体が押し戻されてくる。


「この~! 少しは痩せて下さいっ!」


 と、何故かナナイロの視線がレシアを向き、その容赦ない思念が飛んで来る。

『貴女に言われたくない』と。


「ふっふっふっ……やはり飼い主に似て可愛くないですっ! みんな~っ! この失礼な鳥さんにっ!」


 命令は実行される。

 捕らわれているシャーマンよりも破格の力を持つレシアの命令は絶対だ。


 彼女の足元に居たネズミから猫やトカゲ。そして宙を飛んでいた蝙蝠に至るまで、その命令に従い鉄格子に嵌る七色の球体に牙をむいた。


「こぉけぇ~っ!」


 突然発生した命の危険に、ナナイロは驚き自分の力を開放して身を守ろうとする。すなわち巨大化だ。


 鉄格子に嵌ったまま巨大化した結果……壁の一部に大穴が開いた。


「……作戦通りです。流石、私です」


 事前に教えられた結果とは違うが、壁の一部が崩れたことでレシアは中の様子を伺うことが出来た。

 ひょいと覗き込み中の有様を知った彼女は、鉄格子を嵌めたまま動物たちに転がされている球体を呼び寄せる。


 建物の中は劣悪を通り越して見るも無残な状態だった。

 捕らわれている女たちに無事な者は居ない。下手をすれば生きているのが奇跡なの者も居る。


 それを見て、レシアが思うことはただ一つ。

 みんなを助けたいと……ただのその気持ちだけだ。




 レシアが女たちを開放した頃……最も危険な場所に居たミキは複数の男たちに囲まれていた。




(C) 甲斐八雲

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