其の弐拾肆
グーズン兄弟は、サーリと言う少女から教えられた場所を目指し突き進んでいた。
途中屋敷内を見回っていた護衛らしき男と遭遇したが、今まで何度も振るって鍛えて来た剣技で殺害した。
相手の喉を裂き、その返り血を全身に浴びながらも確りと殺したのだ。
「カムート。顔を上げろ」
「でも兄さん……」
「胃の中の物は後でまとめて吐けば良い。今はその時じゃない」
蹲り胃の中の物を吐き出す弟の姿を見て、逆に兄は確りと立ち振る舞うことが出来た。
自分の胃もぎゅううと縮み、今にも全てを吐き出してしまいそうになるが堪え我慢している。
復讐の為に剣を振るえばどうなるかなど最初から分かっていたことだ。そしてそれが現実になった。
「行くぞカムート。みんなの恨みを晴らして……その後はどうしようかな?」
「……あはは。そうだね兄さん。てっきりここで死ぬんだと思ってたのにね」
二人は力無く笑い合い足を動かす。
幸運と言うべきなのか……ちょっとした出会いから二人の運命は変わってしまった。
それを兄弟は痛いほどに実感している。もし仮にあの日ミキと言う人物に出会っていなければ、自分たちはこの屋敷に入ると同時に至る場所に火を点けて燃やしていただけろう。
その結果無関係な者が巻き込まれていたとしてもどうすることも出来ない。
全員を……自分たちを含めた全員を殺すつもりで、この場所へ来るはずだったのだから。
だが若い割には老練な彼が引き立て役を名乗り出て、今もきっと殺到して来る護衛を相手しているはずだ。無理などしないで折を見て逃げて欲しいと思わずにはいられない。
自分の信念を貫きたいと……悲壮感すら漂わせる少女も加わり、その子もまた"元味方"と言う腕の立ちそうな男の相手を引き受けてくれた。
自分たちは本当に幸運だ。そう兄弟は思っていた。
だからこそ成し遂げなければいけない。
通路を走り、無関係であろう半裸の女たちを掻き分け……二人はその部屋に辿り着いた。
薄暗い室内には異様な臭いが支配しており、豪華寝台は無人だった。
だが逃げ出したのであろう相手を探すのは簡単だった。彼は兄弟に尻を向け必死に箱の中から何かを拾い集めていたのだ。
「お前がブジムバか?」
「……誰だ?」
この地方特有な髭面の男性が振り返る。
その目は金の欲に眩んだギラギラとした物で、彼の手には金貨や宝石などが握られていた。
こんな屑に……悔しさからギリッと歯を噛み、アムートは彼に剣先を向けた。
「お前のような欲に目の眩んだ男に名乗る名など無い」
「何を偉そうに」
血走った彼の目が辺りを見渡し、近くに立てかけてあった剣を掴んだ。
「人が折角楽しんでいたのに……みんなして俺の金を狙いやがる。この屑共がっ! この金は、この宝石は全て俺のもんだ!」
口の隅から泡吹き、中年を過ぎたくらいの彼が剣を振り回し駆け寄って来る。
アムートは慌てることなく、相手の剣先に目を向ける。ブルブルと震えているのは片手で持ち力んでいるからだろう。
剣とは長さと重さで握り締める力が替わると、アムートの師である青年が言っていた。
きつく握り締めるのは力んでいる証拠か、それとも剣が重く支える力を必要としているか……それ以外の理由だったら、素人が剣を振るうものだから諦めろと言われた。
素人の動きは全く分からないと言うのが彼の教えだった。
だがブジムバは震えながらも確りと剣を握って片手で振りかぶった。
二人は迷うことなく身を投げ床を転がり左右に別れる。対象物が突然居なくなったことでブジムバは足を止める。
自分を中心に左右に憎たらしいガキが分かれ立ったのだ。
「……卑怯なっ!」
「煩い黙れ! お前は俺たちの仲間を……家族だった仲間を数の暴力で屈して殺しただろう! 忘れない。俺はあの日のことを一度として忘れてないっ!」
吠えてアムートが剣を構える。
咄嗟に振り下ろされると思ったアムートの剣に対して構えるブジムバ。しかし剣は動かない
「がっ!」
不意に背後から突き入れられた何かに……ブジムバは声を上げ振り返る。
息を殺して待っていたカムートが背後から一突きしたのだ。
「卑怯な……」
「人殺しに卑怯も何も無いんだ。目的を達することこそが大切なんだっ!」
カムートも吠えて剣を構える。
また咄嗟に自分の身を守ろうとしたブジムバは、自分の背中に斜めに走る熱を感じた。
「くぅうっ! かはっ!」
激痛に身を折り、ブジムバは二人から離れようとする。
だがこの日の為にミキの特訓に必死に耐えて来た二人が逃れる方法など無い。確実に範囲を狭め、そして迷いと容赦の無い攻撃を繰り出し続ける。
何度相手に傷を入れたろう……床に膝から崩れたブジムバは、倒れ込んだ衝撃でぶち撒いた金貨を必死に掻き集める。
「俺の金だ……誰にも渡さないぞ……」
殺される恐怖から気がふけたのか、それとももう限界なのか……一気に老け込んで見えた。
(みんな……みんなの仇はこんなにも屑な奴だったよ)
泣きそうな気持ちで剣を構え……アムートはそれを上段に構えた。
そして自分と同じ体勢の弟と目を合わせ、彼らは握り締めた剣を全力で振り下ろした。
(C) 甲斐八雲
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