其の拾捌

『本当に良いんですか? 良いんですか? 良いんですね?』と何度も念を押しながら、カムートは両手に花を抱えて個室へと案内されて行った。

 舞台の上を見つめまたどちらにしようか悩んでいる視線にミキは気づき、だったらとその二人と遊べるように使用人に手配したのだ。


 もしかしたら最初で最後となるかもしれないのだ、満足いくまで楽しんでも罰は当たらないだろう。


 何より若くて初めてなのだから獣のように女を求めるに違いない。そう考えると男馴れした女が二人居た方が色々と都合が良いかもしれない。

 協力され搾り尽されでもしたら責任は負えんが。


 そしてミキもまた使用人に頼み個室を借りた。




「こんな感じですね」


 舞台上で見た踊りを完全に再現してレシアが踊る。ミキはそんな彼女を寝台の上から見つめていた。

 今日初めて見たであろうその踊りを、舞台上の女よりも巧みに踊って見せるのだから、本当に天才と言う存在は始末に負えない。


 舞台となる大きな建物の隣に併設された場所は、女を買った男たちが一夜を楽しむ宿となっている。

 ミキは使用人に個室だけ貸して貰えるように声を掛け、少し多めに金を握らせた。

 本来なら女を買って楽しんで欲しいのが店側の言い分だが、カムートが値段の張る女を二人も連れて遊びに行ったこともあり、ミキの要望はあっさりと承諾された。


 個室に来るなりレシアは軽く服を脱いで艶めかしく踊り始めた。

 全裸にはならないが、下着姿で踊る彼女はその踊りもあって中々に妖艶だ。

 ベッドと呼ぶにはいささか柔らかすぎる寝台に腰かけ、ミキは手酌でワインを煽る。どこぞの復讐対象の男がやって居たような感じになっていた。


「悪く無いな」

「へへへ」

「流石レシアだ」

「も~」


 酒も入り気分が解れているミキは、これでもかとレシアを煽て続ける。

 煽てられればられるほど調子に乗る彼女の踊りは増々艶めかしくなっていく。

 今まで見て来た踊りの全てを費やして、自分なりに新しいモノを作っているのだ。


(本当に羨ましくなるほどの才能だな)


 天から優れた才能を得られなかったミキとしては、彼女のその何でもない様子でやって見せる才能が妬ましいほどに悔しい。


「にゃ~。満足です」


 フッフッと自分の周りの明かりを吹き消し、ついで彼女は他の明かりも消して回る。

 寝台の近くの物だけを残し、迷うことなく彼の隣へとその身を滑り込ませた。


「大丈夫ですか?」

「ん」

「途中でミキのことを睨んでいる人が居ましたけど」


 ウリウリと全身に汗をかいた彼女が、体を擦り付け甘えて来る。

 普段なら全力で引き剥がすところだが、ここはそう言うことをする場所なだけに勝手にさせる。


「たぶん睨んで来たのが護衛だろうな」

「強いんですか?」

「否、弱いよ」

「そうですか」


 引き剥がされないことで調子に乗ったレシアが、抱き付き頬にキスをして来る。


「ならあの人たちを退治して、シャーマンさんたちを助け出せば良いんですね」

「そうなるように努力するのが今の俺たちだ」

「はい」


 輝かんばかりの笑みを見せる彼女にミキは悪だくみを思いつく。

 そっとワインに手を伸ばしそれを口にすると、甘えることで気づいていない彼女の唇を求める。

 頭を抱えるようにして押さえ、唇を開いて中身を全て流し込んだ。

 最初抵抗を見せたレシアだったが、コクコクと喉を鳴らして飲み込んでいく。


「……もうミキ。私はお酒は嫌いです」

「ああ知ってる」

「ならどうして?」


 踊っていたこともありワインの周りが早いのか、そもそも酒に弱いこともあり……彼女の頬は段々と赤くなる。

 ミキは軽く笑うともう一度杯を掴む。


「何となくお前を酔わせたくなっただけだ」

「も~」


 怒りながらも甘えて来る彼女を捕まえ、もう一度ワインを流し込む。

 酔っているのか、別の気持ちが芽生えて来たのか……トロンとその目を蕩けさせたレシアが甘い空気を纏ってミキに抱き付く。


「ん~。今日はあれですよ~」

「何だ?」


 フニャッと笑いレシアはキスをして来る。


「ミキがいっぱいいっぱい甘やかしてくれないと許さないのです~」

「ああ分かった」


 甘える彼女の声にした従いミキはレシアをこれでもかと甘やかす。

 ただ唯一思い違いをしていたことに途中で気づいた。

 酔って理性の枷を失った彼女は、全くの遠慮がなくそして何より凄かった。


 翌朝ミキは自分が良く生きているものだと感心しつつ、満足気に眠るレシアの耳を抓んで捻った。




「俺もう今日死んでも良い」

「……そうか」


 恍惚とした表情で天を見つめる弟の様子にアムートが少し非難がましい視線をミキに向ける。

 だが彼はその苦情の相手をしている暇がない。

 耳を抓られたことと、二日酔いで機嫌を悪くしているレシアを宥めるので精いっぱいだったのだ。


「ガルル」


 背中に抱き付かれ獣のように怒る彼女に呆れつつ、ミキは嘆息交じりで地図を見つめる。


「問題は屋敷の中の分布が分からないことだな」

「……そればかりは難しいですね。中で働く使用人に声を掛けて悪目立ちしたくないんで」

「そうだな」


 アムートも一緒に地図を覗き込む。

 正面の門を爆破し逃げ道を塞ぐ。後は裏から侵入して目的を果たす……大まかな段取りは決まっている。


 ただ現在の問題は、屋敷内の建物の配置が分からない。

 つまり狙うべきブジムバが何処に居るのかが分からないのだ。


「最悪は全員斬るか」

「……出来たら関係のない人は殺したくないんですけど」

「はぁ~。面倒だな」


 ミキもまだ酔っているのか、そんなことを言って腕を組んだ。




(C) 甲斐八雲

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