其の拾漆
上機嫌なレシアを腕に抱き付かせ、ミキは暑さに顔を顰めながら歩いていた。
日暮れ間近だからもう少しすれば辺りは一気に冷えて来る。だが現状温まった砂は熱を放ちいまだ暑い。
息を吐いて暑さに耐えるミキの後ろには、グーズン兄弟の弟であるカムートが辺りを見渡しながら付いて来る。兄の方は行き先を聞くなり笑いながら『遠慮するよ。代わりに弟を連れて行ってやってくれ』と頼まれた。弟の方も最初は断ろうとしていた様子だったが、ミキの『これもブジムバの監視が居ないかの確認だ』と言ったら暫しの葛藤の後に折れた。
見た限りそんなに悩んでいる様には見えなかったが。
「ミキさん」
「ん?」
「良いんですか? ここから奥はその……」
「気にするな。金ならあるし、何より監視が居るかの釣りだ。お前は雇い主に引っ張られてきた感じで……否、そのままの状態で付いて来い」
引っ切り無しに当たりを見渡し緊張の絶頂に居る弟は……傍から見ても初々しく微笑ましい。
店の外で客引きをしている半裸に近い格好をした女性たちが、そんな"初物"を見つけ艶めかしい表情で誘っているのだ。
『弟は女を知らないんだ。だからその……出来たら頼む』
兄がそう言って頭を掻いていたのが全てだろう。そんな兄の方は弟とは違い経験があるらしい。兄弟で地方都市を転々としていた時に宿屋の女といい関係になって済ませたとのことだ。
よってその辺の後悔は兄には無い。今日は憐れな弟を慮っての配慮だ。
「ねえミキ? 何でここはその~、女の人はあんな格好をしているんですか?」
「暑いからな」
「なるほど」
馬鹿はやはり馬鹿か。
あっさりと納得したレシアは、店先で男を誘うように腰を振る女たちの動きを見つめている。
その動きは独特な物で、この南部で広く知られている女性が男性を誘惑する踊りらしい。
「聞いた話だがな」
「はい?」
「あの踊りは……腹と尻の肉が減るそうだぞ」
その一言でレシアの目の色が変わった。
知らない踊りを見つめていた感じから、絶対にモノにすると言った様子の真剣さが増す。
抱き付きつつも小刻みに体を動かす彼女と、顔を真っ赤にしている若者を連れ……ミキはこの色街で最も高級と言われている店の奥へと入って行った。
中央に舞台があり、そこで全裸の女たちが艶めかしく踊っている。
最初何も知らずに共に来たレシアがギャーギャーと騒いでいたが、踊りが始まると騒ぐのを止めて食い入るように見始める。
ただ四つん這いになってこちらに尻を向けている彼女の様子は、天然なのか誘っているのか……まあ前者だろうと思い黙っておく。
客席は舞台より一段低い場所に存在する。
四角い絨毯……人が寝られる程度の長さで作られた物が、ある種の客席だ。相撲で言うマス席に近い形をしている。ただ仕切りは無い。
その絨毯の上に腰かけ食べ物と飲み物を手に踊る女たちを見つめるのだ。
無論気に入った女が居れば控えている店の使用人に声を掛けて個室に移動する。
個室は一夜単位で借りるので、女とは一晩中遊ぶことが出来る。
隣の席でレシア並みに食い入るように舞台を見つめているカムートは、先ほどから二人の女を見比べて悩んでいる。だがこの場所は早い者勝ちだ。一人また一人と舞台から女が減って行く。
すると焦った初心者が誰でも良いとばかりに使用人に声を掛ける。また舞台から女が減る。
「……っ!」
カムートが終わったような表情を見せる。
どうやら狙っていた女が連れられて行ったらしい。
「焦るなよカムート」
「えっあっ」
「今踊っているのは余り客の取れない者たちだ。ああして最初に出て来て店に馴染んでいない客に買わせるんだ」
事前に宿屋の店主から色々と話を聞いておいたミキは無駄に詳しい。
少し金を握らせ過ぎたのか、それとも連れを見て好きモノだと思われたのか、これでもかと詳しく話を聞かせてくれた。
「ここらで舞台から一度女が捌ける。次から出て来るのがこの店でも人気のある女たちだ。少し値は張るが気にせず選べ」
「……良いんですか?」
「ああ」
目を血走らせているカムートが食い入るように見つめて来る。
内心軽く呆れつつもミキは軽く頷く。
「良く考えてみろ。俺にはこれが居るんだ。女を買える訳無いだろう? だがこの手の店に来て買わないのも問題だからな……遠慮せずに頼めよ」
「……分かりましたっ! ありがとうございますっ!」
絨毯に叩きつける様子で頭を下げ、入れ替わった舞台上に視線を戻す。
「おお……さっきの人たちより踊りが上手いです」
「そうか」
踊りに夢中になっているレシアは軽く尻を振って舞台を見つめている。カムートは……まあ良い。
二人の様子に呆れつつもミキは女を買いだいぶ数を減らした客席に視線を巡らせる。
ある一画だけ他の客席とは雰囲気が違う。踊り子を最初から自分の横に侍らせて酒を飲む男……サーリの言葉通りにブジムバが供を連れて楽しんでいた。
様子を見る限り……と、控えている男と目が合う。
ミキは軽く笑って一礼すると、自分の前で揺れている尻を触る。
邪魔をするなと言いたげに尻を振る彼女に笑いかける若者を見て……護衛の男は視線を切った。
(あれが西から来たとか言う護衛か)
ミキは酒を飲む振りをしてもう一度横目で確認する。
その佇まいや感じからして自分の"同郷"とは思えない。思えないのだが……。
(齧る程度に習っているな。こちらの人間に剣を教える酔狂な者が居るということか)
軽く息を吐いて、ミキは使用人に声を掛けた。
(C) 甲斐八雲
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます