其の拾弐

『兄の凄さを見せたいので、ちょっとした実験に立ち会って欲しい』と言われ、グーズン兄弟の弟カムートに連れた来られた場所は、ダンザムからラクダで随分と移動した場所だった。


 辺りに見えるのは砂漠のみ。

 後を付けて来る者が居れば間違いなく直ぐに見つかるほど遮蔽物は無い。


「こんな場所なのは用心の為か?」

「それもあるけど、街中じゃ問題になる方が強いかな」


 ラクダを操り先導して進むカムートは、ある一点を指さした。


「あそこだ。あそこで兄が準備をしている」


 だいぶ朽ちた様子を見せる石造りの建物の傍には、繋がれたラクダが一頭。

 アムートの姿は見られなかったが、ラクダの上で熱さにばてているレシアが何も言わない所を見ると問題は無さそうだ。


 ミキも自身の警戒を緩め、軽く手を動かし顔を煽いだ。




「済まないね。こんな場所に呼び寄せて」

「構わんよ。手伝うと言ったのはこっちの方だ」


 ラクダから降りる彼女に手を貸しながら、ミキはアムートに対し気楽に答える。

 何よりこうして行動を共にしていることが増えたが、兄弟は中々に好青年なのだ。本当に復讐を願っているのかと思うほど人が良い。


「それで何をするんだ?」

「ああ。俺たちの切り札を見て貰おうと思ってね」

「切り札?」

「そうだ。でももしこれを使うことになったら……たぶん俺たちは死ぬだろう。その時は迷わず見捨てて逃げて欲しい」


 兄の表情から生来の人の好さが消え、復讐を望む人の顔へと変わる。

 それはとても深くて暗い冷たい顔をしている。


「そうか。だがそれを判断するのは切り札を見てからだ。それが余りにも頼り無ければこっちも別の方法を考える必要がある」

「その通りだよ。だから見て欲しいんだ」


 それから兄弟は朽ちた建物から離れた場所で準備を開始する。

 流石のレシアの目をもってしても全く理解できない何かを砂に埋め、彼らは火種を手に何かすると全力でミキたちの元へと走って来た。


 しばらくすると、ドーンッと言う音と共に砂が地面から突き上げられたように柱を作る。

 気を抜いていたレシアはその音と常人では理解出来ない何かを見て、目を回しひっくり返った。


「まさか……火薬か?」

「あれを知っているのか?」

「ああ。名前だけはな」


 両耳を塞いで『のぉぉぉ~』と叫びながら身を丸める相手を抱きかかえ、ミキはもう一度砂柱が生じた辺りを見つめる。

 乗っていた砂を全て吹き飛ばし穴を作ったそこは、白い煙が砂の中から昇っていた。


 威力としては十分だろう。ただあれには色々と条件がある。


 爆発の威力を見て興奮している弟と、それを見て少し難しそうな表情を見せる兄……ミキは迷うことなくアムートの方に声を掛けた。


「この地方に雨は?」

「……ほとんど降らない」

「なら敵は乾燥か?」

「本当によく知っているんだな」

「闘技場と言う場所は奴隷の宝庫だ。つまり色んな経歴を持つ者が集まる……そう言うことだ」


 それらしい言葉を口にしてミキは相手の指摘を誤魔化した。


 事実は違う。小姓として主君に仕える都合膨大な知識を必要とした。

 主君の問いに淀みなく答える立場である以上、知らないと言うことはむしろ罪だったのだ。


 だから良く学んだ。次の戦を変えてしまう鉄砲や大砲に用いる"火薬"のことは。


「火薬はちょっとした振動でも火が付くことがある。だから扱いが難しいとね」

「その通りだよ。だから俺はどうにか火薬を運ぶ方法を考えている。大量の火薬は武器になるが、運んでいる時に火がついたら見ての通り粉微塵だ」

「……分かった。俺も何かないか思い出してみよう」

「それは助かる」


 素直に握手を求めて来るアムートの手を握り返し、ミキは油紙が作れるかどうか思案した。

 自分が居た頃は油紙で火薬を包んでいた。あれが作れれば輸送の危険性は減るはずだ。


「あとの問題は材料だ。とにかく集まらない」

「そっちは……打つ手は無いな」

「ああ。知り合いに声を掛けてどうにか集めているが、こればかりは運の世界だ」


 困った様子で頭を掻いてアムートは煙の治まった爆発地点へと歩き出した。


「ミキ」

「どうした?」

「ん~。あっちの方に人が居ます」

「本当か?」

「私を誰だと思ってるんですか?」

「最近は肥えた踊り子だったな」

「このっこのっこのっ」


 殴りかかって来る相手の拳を避けながら、彼は自然の様子で言われた方を見る。

 彼の目には全くと言っていいほど何も映らない。だがレシアが見たと言うなら疑いようはない。


「こっちを見ているのか?」

「このっ……はい。ただ普通の人だとあの場所からじゃ見えないと思うんですよね」

「なら見る為の何かがあると考えるのが普通だろうな」


 じゃれ合うように体勢を入れ替えながら二人で様子を伺い続ける。

 やはりどんなに頑張ってもミキの目には何も映らない。


「ん~。見た限りは普通の人だと思います。色からして女の人かな……うん。小柄で私ぐらいですね」

「つまりそこそこ肥えている訳か」

「むがぁ~っ! 言ってはならないことを立て続けに、も~っ!」


 憤慨し握りしめた拳を振り回すレシアから逃れ、ミキはもう一度だけ視線を向けた。

 見えたのはやはりただの砂漠だった。




(C) 甲斐八雲

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