其の拾参

「ミキさん。これは?」


 場所はオアシス都市ダンザム内にある一件の食堂兼宿屋。値段はそこそこする店で決して安くはない。

 お蔭で食事時になっても満員とはならず、ゆったりと落ち着いて食事が摂れる。


 その店内の一角にテーブルの上を占領するほどの食事と酒を並べる場所があった。

 豪勢を絵に描いたような状況に、通りかかる別の客も一瞬足を止めるほどだ。


「ああ。今日はちょっと訳ありでこうした。食べきらなくても良いから好きな物を食べてくれ」


 早速ナイフで肉を切り分けレシアの前の皿に積んでいく。

 ただ切る速度と食べる速度が同じで一向に貯まらない。


 パシンと彼女の頭を打つ音が一回。消費が少し大人しくなった。


「あっでもこんな……俺たちはその……」

「金なら気にするな。不思議なことに増える一方で全く減らない旅をしていてな、たまにこうして奮発するんだが気づくと増えている」

「羨ましい話ですね」


 弟のカムートは向かいに座るレシアの様子を眺め、自分も食べないと勿体無いとばかりに食べ始めた。

 唯一自分の芸の都合あまり食べられないアムートは、果実やスープなどを口にする。


「……それで何があったんですか?」

「ん? ああ。今日の砂漠でのことを覗いていた奴が居るらしい」

「覗く? あの場所をですか?」


 驚き果実の皮を剥く手を止めアムートが驚きで目を丸くする。

 あの姿を隠す場所の無い所でどうやって?


「言ってなかったがコイツはシャーマンだ。お蔭でどんなに遠くに居る人物ですら見つけ出せる」


 モグモグと両手にフォークを持って幸せそうに肉を食べるレシアに……兄弟は驚きの目を向けたが、不思議とその目が失望へと変化した。


「ちょっと待って下さい。その目は何ですかっ!」

「いや……姉さんが勘違いされた理由が分からなくなって」

「うな~っ! ミキっ! ミキの最近の態度が悪いから、私が悪く見られるんですっ!」

「お前は見た目だけは最高級品だ。黙って食べていると美の化身にしか見えんぞ?」

「……もぐもぐ」


 頬を紅くしてレシアはお淑やかに肉を頬張り出す。扱いが簡単で本当に助かる存在だ。


「信じられないだろうが事実だ。そしてこのことを誰かに言えば俺が斬る。ただそれだけだ」


 明確な殺意を二人に向け、ミキはそう言い切った。

 事実二人が本当に誰かに話したりしようものなら斬る気でいる。ミキにとって一番重要なのは他でもないレシアなのだから。


「つまりそれが俺たちの手伝いをする理由ですか?」


 辺りを気にして声を潜めたアムートが問う。だがミキは何とも言えない表情を浮かべた。


「理由の一つではある。だが別の理由もある。これはこっちの都合だから係わらなくて良い」

「……俺たちの手伝いは要らないと?」

「違うよ。お前たちの手伝いをすることで得られる答えなんだ。だから気にせず目的に向かって慢心して欲しい。勿論俺も手を貸す」


 真剣な目を向けてくる兄にミキも視線を返す。

 しばらく睨み合うと、納得した様子でアムートは頷いた。


「こっちとしては手伝って貰えるのは嬉しい。ただ本当に人手が要るなら声を掛けて欲しい」

「分かった。なら早速……飯を食ってくれ。食える範囲で良いから」

「……ん?」

「それが手伝いになるんだよ」


 クククと人の悪い笑みを浮かべ、ミキはアムートにワインを差し出す。

 火を使う芸をする二人はその申し出を断る。別に飲んでも問題は無いのだが、燃えやすい物を口にすることで火を呼び込みそうな気がして怖いのだ。


「出来たら今日の実験は成功だった。事実そうなんだが……その成功を俺に売り込む感じで頼む」

「そうすると?」

「俺たちを見張っている者たちはこう考えるだろうな。どっちが雇い主でどっちが雇われている方か」


 アムートは理解した。彼は自分を雇い主に見せかけて敵を釣ろうとしているのだと。


「危な過ぎる。ミキさんはアイツらの怖さを知らない」

「別に人に命じて罪を犯す悪党だろう? それだったら今まで結構な数を見て来た」

「だけど」


 食って掛かるアムートを手で制し、ミキは静かに告げた。


「雑魚が100人来ようが負ける気は無い。俺を負かせるのは人に扮した化け物ぐらいだ」

「……」

「それにコイツが居る。だから心配するな」


 サッとレシアの肩を抱いて引き寄せると、甘える様子で彼女が頬を寄せて来た。

 レシア的には甘えられる時に甘えておこうとの考えからだが、周りから見ていると余程腕に自信のある若者にしか見えない。


「さあ気にせず食ってくれ」

「……分かったよ」


 器が違うと納得させられ、アムートは呆れた様子で果実に嚙り付いた。




 別の宿の二人を見送り、レシアには部屋に戻って貰い……ミキは一度食堂を出た。

 何か飲み足らない様子で路地を歩いて商売女たちの声に手を振りながらプラプラと歩き続ける。

 しばらく彷徨い……適当な店に入ろうとした時に声を掛けられた。


「お兄さん。私を買ってくれないか?」

「済まないな。今日は飲みたい気分なんだ」

「そうかい残念だ」


 薄く笑った女性は、自分の体を抱くように胸元に手を運ぶ。

 緩めの首元から形の良い胸が半分顔を出し……酔った男を艶やかに誘う。


「私の相手をしてくれるなら極上の物を飲ませてあげるのに」

「それは何だ?」

「ええ」


 キラッと一瞬だけ光ったのは、彼女が自分の胸の谷間から引き抜いたナイフ。


「死にゆく味を、ね」


 彼女はナイフを投げて来た。




(C) 甲斐八雲

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