其の拾
「俺たちはアフリズムの王都で生まれ育った。でも貧しかったから捨てられ兄弟して孤児になったんだ」
落ち着いてから兄であるアムートが語り出した。
「そんな俺たちを拾い集めて芸を仕込んでくれた人が居た。親方と呼んで慕ったその人は、『子供でも何かが出来れば生きて行けるさ』とそう言って彼は俺たちに芸を教えてくれた。実際は俺たちに芸をさせてその儲けを懐に入れていたんだが、飯と寝る所を与えてくれたから文句は無かった」
厳しかったが幸せな日々だった。
「だが王都だと公演するのにも許可や場所代などの問題が出て、俺たちはこのダンザムに移ることにしたんだ。まだ幼くて雑用ばかりが仕事だった俺や弟は、その準備ばかりしていた。でも移動すればみんなと生活できると信じていたから苦には感じなかった」
語る彼の表情に陰りが見えた。
「だけど突然男たちが殴り込んで来た。訳も分からず俺たちは殴られ縛られた。何が起きたのか良く分からなかったけれど、男たちの一人が言ったんだ。『この中にシャーマンが居るはずだ』と」
ピクッと震えるレシアの手をミキは自然と握り締めた。
「俺たちのようなガキたちの面倒を、母親と言うか姉のように見てくれる人が居た。どうやらその人が"シャーマン"だと疑われたらしい。男たちは必死に姉さんを探したが、彼女を愛していた人が上手く匿っていた。身を隠すなんて俺たちからすれば初歩的な芸だったしな。だけど……彼が裏切った。俺たちを育てていた親方がな」
フッと息を吐いてアムートは一度目を閉じた。
「自分の命欲しさに親方は男たちにこう提案した。『あの女は餓鬼どもを可愛がっている。痛めつければ出て来るはずだ』と。男たちは実行した。痛めつけずに一人ずつ殺して行ったんだ」
目を開いた彼は悲しそうな瞳をしていた。だが涙は出ない。きっともう枯れ果てたのだろう。
「次々と殺され……弟の番になった時、彼女は遂に飛び出した。恋人に必死に抑えられたまま彼女は出て来て、子供たちの命乞いをした。それで彼女は殴られ捕らわれ連れられて行く時にそれが起きた。仲間を、家族を殺された俺たちの我慢は限界だった。素人が縛った縄なんて抜け出すのは簡単だった。そして各々が武器を握り男たちに襲いかかった」
言葉が止まる。荒れ狂う思考を、感情を、宥めるのに時間が必要だったのだろう。
「壮絶な殺し合いになった。俺は弟を抱きしめて物陰に隠れていた。どれだけ時間が過ぎたのかは分からない。長かったような短かったような……ふと姉さんが俺たちを見つけ逃がしてくれた。『生きるのよ』と言って僅かな硬貨を握らせてくれた。俺たちは必死に逃げて、次の日戻って来るとみんな死んでいた。全員死んでいた。親方も姉さんもその恋人も……みんな死んでいたんだ」
自嘲気味に笑い彼は息を吐いた。
「そもそも姉さんはシャーマンじゃ無かった。褒美が出るからと言われ、少しでも疑わしければ王宮に連れて行く大人たちがたくさん居たんだ。俺たちを襲った者もそんな大人の一人で、今ではこの街で領主の補佐をしている」
「要は復讐か?」
「ああその通りだ」
ミキが見たアムートの表情には『それが悪いか?』と書かれている様な気がした。
「復讐は悲しみの連鎖だと俺たちも知っている。だけどどうしてその連鎖の鎖を俺たちの所で断ち切らなければいけない? ふざけるなっ! 俺たちは家族の復讐をしてアイツを殺す。それも相打ちで死んでやる。そうすれば悲しみの鎖はそこで終わりだ。アイツの家族は俺たちの死体を見て恨み続ければ良い。それだって復讐の一つなんだからな」
普段静かな様子の兄がここまでの怨嗟を吐くのだ。
余程心の内には恨みが渦巻いているのだろう。
アムートの様子に恐怖を感じて甘えて来るレシアを軽く撫でて……ミキは言った。
「それだけの理由があるなら止める必要は無いな。復讐が悪い? 俺はそんなことは言わないさ」
「……認めるのか?」
思いもしていなかった言葉に、アムートもカムートも驚きの表情を見せる。勿論レシアもだ。
だがミキは止まらない。止まる必要が無い。
「相手が権力などを使って売って来た喧嘩だ。だったら命の一つ狙われても仕方ないだろう?」
「ああ。……そうだな」
「買ってやろうその喧嘩。次いでだから俺も一口乗った」
「「……はぁっ!?」」
驚きを通り越した表情で兄弟が驚愕する。
「心配するな。敵討ちはお前たちの獲物だ。俺はその取り巻きの相手をする。存分に復讐するが良い」
「正気か?」
「ああ」
肯定しミキは問うてきたアムートを見る。
その視線に怖気ついた彼は、自然と一歩足を引いていた。
「どんな理由であれ……家族を皆殺しにするような奴らを俺は好きになれん。どうせそう言う奴らは一度で終わる訳が無い。きっと何度も同じことを繰り返しているはずだ」
スッとレシアを抱き寄せ彼は言った。
「どうしてシャーマンを集めているのかは知らないが、余りにもふざけた理由なら王都に乗り込んで国王すら殺しても構わない。本当にふざけるな」
兄弟は気付いていない。
彼が抱き締める存在こそがシャーマンであり、そして彼にとって全てを敵にしてでも守るべき存在であると言うことを。
(C) 甲斐八雲
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