其の参

「さてと。私が行けるのもここまでだから……最後に質問をどうぞ」


 焚火の跡を片付け立ち上がったマガミが、うんと唸って背伸びをする。

 もう毎日のように全裸姿を見ていたせいか、最初慌てていたレシアですら普通のことのように受け入れている。馴れとは恐ろしい。


「南部から西部に渡る方法は?」

「それなの? ……知っての通り南部と西部には川が走っていて行き来は不可能よ」

「どうしてですか? 別に船でしたっけ? あれを使えば良いんじゃないんですか?」


 残っている何かしらの肉を食べながらレシアが質問をする。

 その言葉に対する二人の答えはまずため息だった。


「何なんですかっ! その反応はっ!」

「お前……その説明なら一昨日聞いたろ?」

「……」


 全力で誤魔化そうとする馬鹿を捕まえ、ミキは握った拳で相手のこめかみをグリグリとする。


「いだいでぶっ! ごめんなざいっ!」

「ちゃんと聞け。聞いたら覚えろ」

「ばいっ」


 涙ながらに納得してくれたので、仕方なくミキが答える。


「川には両地方が争っていた頃の罠か数多く存在している。最悪なことにその罠はまだ稼働していて、船が傍を過ぎると動き出す。結果として船は使えず、何より片付けも進んでいないから川からの行き来は不可能なんだ」

「だったらどうやって渡るんですか? 痛いです。グリグリは止めて~」


 本当に何も覚えていないのか、話の腰を折った馬鹿に天罰を加える。

 ミキの気が晴れた頃……様子を窺っていたマガミが笑顔を見せた。


「お前……レシアが痛がっていると楽しそうだな?」

「気のせいよ。ええ気のせい」


 誤魔化すように咳払いをしてマガミはその表情を正した。


「川での行き来は出来ない。だから替わりに海に出て西へ向かうの」

「海ですか?」

「ええそうよ。でもそれだって危険が伴う。海には大型の化け物が住んでいて通りかかる船を襲撃することがある。余程運が悪くなければ出会わないけど……」


 チラリとマガミはレシアを見た。


「巫女様はたぶん呼び寄せそうな気がするから乗らない方が良いんだけど」

「何でですかっ!」

「何となく?」

「そんな理由でっ!」


 憤慨して暴れる彼女をミキが取り押さえる。

 口にしなかったが彼もまた同じことを考えていたのだ。たぶん呼ぶと。


「船を使わない方法は?」

「一度北部まで戻って山を越える方法もあるけど……そっちも大型で危険な化け物が出るのよね」

「陸な分だけそっちの方がまだマシか?」


 どっちに行っても呼ばれるなら、まだ走って逃げられる陸の方が良い気もする。だが彼の考えを否定するようにマガミが言葉を続ける。


「それと噴火って言ったかしら? あの地面から熱いのが出るの。あれが頻繁に繰り返されてて、吸うと死んじゃう煙が充満しているらしいわ」

「化け物よりもそっちの方が問題だろう?」

「ええ。だから西に行くには南部から船で行くのが安全ね」


 そう言い切るマガミを見てレシアが質問をする。


「もう一つの方法は?」

「……無いですから巫女様」

「嘘です。全身を嘘の色が包んでます」

「……」


『その力嫌い』と目で語りながら、マガミは諦めた様子で肩を竦めた。


「聖地の近くから行けなくも無いんです」

「ほう。だが隠すからには理由があるんだろう?」

「ええ。そこは西のファーズンともう一つの国が睨み合っていて戦争状態です。無事に行くことはほぼ不可能。戦場のど真ん中を歩いて渡れと言ってるような物です」

「国?」


 ミキは自分の頭の中に大陸の地図を広げる。自分が知る限りそのような場所に国など無かったはずだ。


「新しい国です。出来て間もないのです」

「なるほどな」


 その言葉を受けてミキは納得した。

 どこか胸を撫で下ろしているようにも見えるマガミの様子が気にもなったが。


「ですから西に向かうなら船で渡って下さい」

「分かった。最悪レシアを錨に付けて化け物を説得させるか」

「「……」」

「気にするな」


 ミキ以外錨の知識が無かったのか、二人が良く分からなそうな表情を見せる。

 ただ何となく自分の身に不吉なことが起きそうな予感のしたレシアが、泣きそうな顔をして彼に甘えて来た。


「ミキ~」

「冗談だ」

「本当ですか?」

「ああ」


 自分で蒔いた種だが、彼女にギュッと抱き付かれミキは暑さに目を回す。

 そんな二人の様子を眺め内心怒りを覚えつつもマガミはそれを顔には表さない。


「あとの質問は? 南部のことは聞かなくても?」

「ああ。どうせ今から行く場所だ。自分たちの耳や目で話を拾い集めるさ」

「そうですか。なら」


 フワッと身を震わせると、彼女は立派な狼へと姿を変えた。


「お乗りください。ここから少し離れた場所に街があります」

「助かる」

「いいえ。どうせ騒ぎを起こすと思ったから先にこちらの街に案内したのです」

「……本当に助かるな」


 その性格には色々と文句を言いたくなるが、マガミは決して馬鹿では無い。

 ミキは漂うように飛んで来た七色の球体をレシアの頭に乗せると、相手を抱きかかえて狼へと跨った。


「動きます」

「頼む」

「はい」


 走り出しはゆっくりだが、勢いに乗るととてつもなく速い。

 あっと言う間に隠れていた場所から遠ざかり、狼は砂地の大地を走り出した。


「ミキ~。あれは何ですか?」

「トカゲか」


 大地を這うようにして動く存在を見てレシアが軽く怯える。

 確かにいつか見た中央草原のトカゲに近しい姿形をしているが、口が前に延び何でも食らいそうな面構えをしている。


 ミキは知らないがそれは『ワニ』と呼ばれる生き物に近い形をしていた。


「む~。私としてはあれは嫌です」

「そうですか巫女様? 先ほど美味しそうに召し上がってましたが?」

「えっ!」


 動きを止めたレシアは、しばらくすると狼の背を拳で殴り出した。




(C) 甲斐八雲

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る