其の弐
「あらお帰りなさい。どうだった……南部の入り口の街は?」
「ああ。飯が辛いのと早速襲われた」
「でしょうね。だからその飾り布を外しなさいと言ったのに」
「ぶ~です」
街から離れた岩場で彼女は、何かしらの肉を丸焼きにしていた。
正直肉以外の物を口にしたいミキであったが、海や川が遠い今の場所ではそれは我が儘以外の何物でも無い。
諦めて彼女の向かいに腰かけると、当然の様子でレシアが隣に座り抱き付いて来た。
「だから暑い」
「酷いです」
「あらら。巫女様嫌われたの? だったら私が替わりに」
「お前でも暑い」
左右から抱き付いて来る美女を振り払いいつも通りの挨拶を済ませると、ミキは軽く欠伸噛み締めた。
ウエイターの襲撃に店の主人も起きて来てひと騒動になった。
『あの格好は天然で、彼女は踊り子を目指しその勉強の為に南部に来た。布を飾っているのは目立つ為であり……そもそもシャーマンとは何ですか?』
事前に準備しておいた説明に取り調べに来た兵士は理解を示してくれた。
彼らがどう見ても南部の者でなく、他の場所の出身であることがひと目で分かったからだ。
兵士は『シャーマンと言う土着の信仰があって、その者を王都に連れて行くと大金が得られるという嘘が広っている。だから勘違いされる格好は避けた方が良い』と教えてくれた。
ただその言葉を聞いていたレシア曰く『嘘』とのことだが。
「何度も言ったでしょ? その飾り布をしていると厄介事が舞い込んで来るって」
「ダメです。これは私の色です。外すことなんて出来ませんっ!」
「そう。なら南部に居る間ずっと襲われ続けなさい。それで彼と一緒に寝れなかったり、仮に怪我でもしたら……諦めなさい」
「くぬぬぬぬ~っ!」
人狼の村から出てから何度となく繰り返された会話がまた行われた。
別にミキとしては襲撃されるのは構わないのだが、流石に毎晩食らうと眠れやしない。
手を振り回し人狼に襲いかかろうとするレシアと、そんな巫女の額に手を置いて接近から逃れるマガミを見つめ……ふとそれに気づいた。
「なあレシア」
「大丈夫です。私の拳はそろそろ届きます」
「長さが全く足らないから諦めろ。それよりも……飾り布はその位置じゃ無いとダメなのか?」
「はい?」
ピタッと動きを止めて彼女はミキを見る。
「白い布を長くして腰に巻くとか髪を束ねるとか……そうするのはダメなのか?」
「あれれ?」
首を傾げて悩むレシアの頭に、ガシッとマガミが手を置いた。
「色を纏えば良いので実際そう言う風にしてシャーマンであることを隠している者も居ます。ただ手首や足首に巻くのが一般的ではありますけど」
知ってて黙っていたらしい人狼も中々に性格が悪い。
「なら別に他の場所に巻けば良い訳だ。シャーマンと気づかれない普通の所に」
「ですね」
ミキとマガミの会話を受け、プルプルと震え続けたレシアは……自分から布を外して荷物に手を伸ばす。
石に座っていた球体の口に手を突っ込み、直接引き抜くのは色々と問題な気がするが……自分の背負い袋を取り出した彼女は白い布を手にした。
「ったく。知っていたのなら最初に説明しろ」
「言っても理解しないでしょう? 特に巫女様は」
哀愁すら漂わせ布を切っているレシアから目を離し、ミキはマガミと共に焚火の近くに戻る。
「それにしても……本当に南部ではシャーマンを探しているんだな」
「ええ。それも運が悪いことに南部は聖地からも近いし、何より踊りや音楽に優れた地域なのよ。興味を持ったシャーマンがその地に向かったまま帰らない……そんな話は多いは」
「で、お前たちの調べは?」
当然なミキの問いに、マガミは静かに頭を振る。
「やっていないのよ」
「どうして?」
「人から見れば聖地から近いでしょうけど、私たちから見れば十分に遠いのよ。それに私たちは全てのシャーマンを守っている訳ではない」
「守っているのは巫女と聖地か?」
「ええ。その通りよ」
切り分けた肉を皿に乗せマガミが差し出して来る。それを受け取ったミキは軽く抓んで口に運ぶ。
「何の肉だ? 今まで食べたことが無い味だな」
「そう? この辺りでは一番多く生息する生き物よ」
自分も抓んで口に運び……マガミも味わう。
「食べるのは初めてだけど」
「おいっ」
「大丈夫よ。ちゃんと焼いたから」
クスクスと笑いマガミはまた口に運ぶ。
食べ慣れた味ではないが別に食べられない味でも無い
ただ少し香辛料が欲しくなる程度に肉自体に味が無いのだ。
しばらく黙って肉を抓んでいると、ストンとミキの隣にレシアが座った。
どこか機嫌が悪そうに手を伸ばし彼が持つ皿を強奪する。
「うなぁ~っ!」
一気に皿を傾け乗っている肉を口の中に転がし込むと、それを纏めて咀嚼して飲み込んだ。
「おかわりっ」
「はいはい。巫女様」
「……何ですか? 分かってます。言わなくて良いですっ」
どこか勢いで誤魔化している様子もするが、ジッと相手を見つめたミキは優しく笑った。
髪を後ろで束ねて一つに纏める……つまり白い布をリボンとし、髪をポニーテールにしたレシアがどこか恥ずかしそうに自分のうなじに手を当てていた。
「似合っているぞ」
「……本当ですか?」
「ああ。悪くない」
「……ん~」
嬉しそうに抱き付いて来た彼女を暑く感じたが、ミキはため息交じりで我慢した。
(C) 甲斐八雲
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