南部編 弐章『各々の思惑』

其の壱

「ミキミキミキ。日差しが凄いですよ~」

「そうだな」

「も~。ミキは感動が薄いんです。もっとこう体の奥底からブワァ~っとですね」

「それはお前の役目だろう」


 前に来て元気に騒ぐ相手の頭を撫で、彼は後ろから来る荷車に道を譲る。

 手押し車で荷を運んでいる男たちが、彼の態度に軽く頷き礼を寄こした。


「馬の数が圧倒的に少ないな」

「ん~。馬が居ないと言うよりも生き物が圧倒的に少ない気がします」


 クルッとその場で一周し、辺りの様子を見たレシアの目にはそれが映る。

 生き物の存在を表す色が極端に少ないのだ。

 居ても室内か、外に居るのも大半が屋根の下に居るように思える。


「その辺を含めて少し話を聞くことにしよう」

「はい?」


 呆けている相手の頭を軽く小突きミキは移動を促す。

 小突かれた個所に手を当てレシアは相手と共に歩き出した。


「何処に行くんですか?」

「決まっているだろう。まずは……お前の大好きな場所だ」

「大好き?」


 彼の傍以上に好きな場所……少し思考したレシアは考えを放棄した。

 考えても分からないし、何より漂って来る香ばしい匂いに意識の全てを引き付けられたのだ。




「辛いです」

「あはは。ここらの食事は基本辛いもんなんだよお嬢ちゃん」

「どうしてですか?」


 出した舌に手で風を送りながら、レシアは店のウエイターに質問する。

 人の好い表情をした小太りの男性は、その顔に笑みを浮かべて次の食事をテーブルに置いた。


「ヤギ肉の丸焼きを薄く切った物だよ。これをそこの薄いパンに挟んでお好みで野菜や香辛料を乗せて丸めて食べるんだ。人それぞれ自分の好みを見つけて楽しめる料理だよ」

「わぁ~。ミキミキミキ。そっちの赤いの下さい」

「辛いぞ?」

「はい。でも何故か美味しいんです」


 顔中に汗を張り付けたレシアが、言われた通りに薄いパンに食材を山と乗せ、強引に丸めると口いっぱいに頬張る。

 だから辛いと言っているのに……と、内心で呆れながら、ミキは相手のグラスに水を注いでおいた。

 案の定香辛料の辛さと息苦しさから顔を真っ赤にした馬鹿がむせ始める。

 ダメな例を目の当たりにしたからか、ミキは適量をパンに包んで口にしていく。


「確かに辛いが悪く無いな」

「あはは。そうだろうとも。だが美味いからって食い過ぎるとこうなるぞ?」


 ウエイターが軽く腹を叩いて自慢して来る。

 気の良い男性だが少々話が多い。それもこれも飯時を過ぎた食堂にやって来た二人組が、『とりあえず南部は初めてだから代表的な料理を五人前』などと豪勢なことを言ったからだ。


 ミキとて鍛錬の都合体を動かすお陰で人並み以上に食事を摂る。

 だがそれ以上に全力で食べ続ける存在が居るから多少頼み過ぎても問題は無い。最悪底無しに食う球体も居る。


「むはぁ~。何かとっても幸せな死に方をするところでしたっ!」

「ほどほどにしろ。何より一気に食うな。時間はあるんだからな」

「は~い」


 チビチビとヤギ肉をついばむ球体を撫でつつ、ミキはウエイターに視線を向けた。


「少し聞きたいが良いか?」

「ああ構わんよ」

「今日は一泊して行こうと思っているんだがどこか良い宿は無いか?」

「だったらここの二階で泊ると良い」

「泊まれるのか?」

「ああ。この辺の酒場はどこも宿泊出来るようになっている。むしろ宿泊専門でやっている店なんて王都にでも行かないと無いよ。稼ぎが少なくて干上がっちまう」


 自分の首を絞める格好で干上がる様子を演じるウエイターを見てレシアは何処か楽しげだ。


「お風呂とかありますか?」

「済まんな。この辺では水は貴重だからそんな贅沢な物はやはり王都ぐらいにしかない」

「無いんですか……」

「ああ。だからこの辺の者は辛い物を食べて汗と一緒に体の汚れを拭き取るんだ」

「この料理にもそんな意味があるんだな」


 水浴びが出来ないことにショックを受けているレシアの頭を撫で、ミキは最低限必要な知識を仕入れて行く。

 ウエイターも彼らを上客だと判断したのか、聞いてもいない補足情報まで加えて話をして来る。


 気づけば辺りがうっすらと暗くなる頃まで話し込み、夕飯を求めてやって来る客に場所を譲るようにしてミキたちは今夜の宿泊先である部屋に向かった。




「ミキ~」

「暑い。抱き付くな」

「酷いです~」


 壺一杯の水で全身を綺麗に拭いたレシアは、何処か嬉し気に彼に抱き付こうとする。

 こちらも軽く全身を拭いたミキが、そんな攻撃から逃れようと間合いを取る。


「む~。ミキが意地悪です」

「気にするな。ただ暑いだけだ」

「絶対に違います。あれですよね?」


 分かってますと胸を張って頷いて見せる馬鹿に、ミキは荷物の中から引っ張り出して彼女の寝間着を投げつけた。


「酷いです」


 顔に叩きつけられた寝間着を着てレシアは拗ねる。

 その様子に呆れつつも……ミキは軽く首を回した。


「たぶんお前の思っている通りだがな」

「う~。なら今夜は一人ぼっちですか?」

「そう言うことだ。大人しく寝ろ」

「ぶ~です」


 頬を膨らませそれでもレシアは素直に従い一人でベッドに飛び込んだ。




 深夜……こっそりと部屋の扉に鍵を差し込み忍び込もうとしたウエイターを、ミキは殴り飛ばして踏ん捕まえた。軽く脅すと彼は押し入った訳を白状する。

『彼女がシャーマンじゃ無いのか?』と思ったからだと。




(C) 甲斐八雲

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