其の漆

 鼻歌交じりで歩くマガミの腕には、今夜の主食が抱えられていた。

 聞いた話では『お肉は叩くと美味しくなる』そうだ。だから彼女の狩りは、拳を握り締めて徹底的に殴り殺すスタイルになっていた。


「とっと……何かご用ですか大婆様?」


 自身の足元に投げ込まれた石を華麗に回避して、マガミは投石した者を見つめる。

 大婆様と呼ばれる最長老でもある祖母は……くいッと顎で孫について来るように命ずる。


「済みません」


 だがマガミは即座に断り、周りに居た仲間たちが音も立てずに後退していく。

 この二人の喧嘩は壮絶を極めるので係わりたくないのだ。


「この肉の血抜きを先にしてきても?」

「……余り待たせるでないぞ」

「はい。大婆様」


 喧嘩を回避し、マガミはため息交じりで巫女たちが暮らす場所へと向かった。




「踊るんですか?」


 地面にうつ伏せに寝そべり足を上下に動かしていたレシアは、その言葉で固まった。


「はい。そろそろ怪我の具合も宜しいようですし……旅の続きに行くのでしょう?」


 視線を彼女の保護者に向けると、小さな頷きが返って来た。


「その前に村の者に踊りを見せて欲しいと」

「わっかりましたっ! やりますよ~」


 気合十分で飛び起きたレシアは、その場でピョンピョンと飛び回る。

 無駄にやる気を見せる彼女を尻目に……マガミは彼に対して軽く頭を下げた。

 分かったと言いたげにミキも軽く頷き返した。




 時刻は夕方らしいが……巨木の枝の間から差し込む明かりにそんな気は全くしない。

 巨木の傍でぼんやりと天を覆う枝を見上げるレシアは、何を考えているのか分からない。

 ただ小刻みに足が動き、何らかの音を探しているようにも見える。


 顔の位置を通常に戻し、レシアは辺りを見渡した。

 村に住まう人狼たちが集っている。それを見て……レシアは自分本来の目で見る。

 全てが色に変わる。何もかもが色に変化して、そして気づいた。

 自分が大好きな色がこの場所に居ないことを。


(もうミキ……)


 軽く拗ねて視界の範囲を最大限にまで広げる。

 居た。村の隅に、その七色の虹のような色が居た。


 フッと笑って、レシアはゆっくりと踊り始める。

 だって彼もまた動き始めたから。自分を取り囲む色を相手に。




「婆様たちの中で意見が出たのよ。巫女の傍に居る者は強いのかってね。一応私は見た物全てを報告したわ。巫女を襲撃し貴方に倒された仲間たちの話もした。それでも疑われれば示すしか無いの」

「それでこうなった訳か?」

「ええ。そう言うことよ」


 ミキは呆れつつも荷物を確かめ纏めると、七色の球体に押し込んでいく。

 その行為は、四聖獣に対しての暴挙にしか見えないが。


「レシア。お前の荷物は?」

「ガルル……これです」

「唸って無いでいい加減人であることを思い出せ」


 昨夜から続く彼女の牽制は、自分たちを取り囲んでいる人狼に対する物だ。

 自分が踊っている間に"腕試し"を受けた彼は、襲いかかって来た村の中ではまだ幼い部類に入る者たちを打ち倒し圧倒した。

 結果として及第点を得た彼であったが、代わりに若い人狼たちからの積極的な求愛を受ける羽目になったのだ。


「全く……強ければ何でも良いならミツを探せよ」

「あ~。あの人は何人か食って行ったわ。孕んだ子は居なかったけど」

「……」

「貴方もサクッとやれば静まるわよ?」

「ガウッガウッガウッ」

「若干一名ほど手が終えなくなるがな」


 人狼相手に吠える馬鹿の尻を蹴って、ミキは黙らせた。


「ミキ? 流石にお尻を蹴るのはどうかな~と私ですら思うんですけどっ!」

「俺の本来居た場所では、尻を蹴る相手は最も愛している人物にと決まっている」

「さあミキ。私は何度でも耐えますからっ!」


 吠えるのを止めたがおかしなことを言い出したので、ミキは呆れて口を閉じる。

 この無条件で自分の言葉を信じてしまう癖は正した方が良いのか……真剣に悩んだ。


「どうしてみんなして私のことをそんな生暖かい目で見るんですか~っ!」

「大丈夫よ巫女様。私は貴女がそういう人だと分かっているから」

「良く分かりませんが今のは絶対に悪口ですね? 私の何かが『そうだ』と告げて来ますっ!」


 憤慨し腕を振り回すレシアが、マガミを追って走り出した。

 ミキは『もう任せた』と言わんばかりに彼女の荷物の整理を始めると、次から次へと七色の球体に押し込んでいく。

 一通り整理と準備を終えた頃……マガミに捕らわれ脇に抱えられる格好でレシアが戻って来た。


「終わりましたか?」


 悪びれた様子もない感じで紡がれた言葉。ミキは静かに彼女を抱えるマガミを見た。


「……その馬鹿の尻を叩いておけ」

「はい。ごめんなさい巫女様……彼の命令ですから」

「ちょっとミキ? はうっ! 本当に痛いんですけど? にゃんっ! 痛いですって……あんっ!」


 本気で痛がりながら泣き顔を見せる彼女に……ミキはやれやれと肩を竦めた。


「遊んでないでそろそろ行くぞ?」

「流石にそれは酷くないですか~」


 ワンワンと泣き声を上げるレシアの尻をマガミは嬉しそうに叩き続けた。




「南部に向かいたいんだがな」

「ええ。知ってるわ」


 膝の上に伸びたレシアを乗せ、優しく頭を撫でてやりながらミキは辺りの様子を見る。

 聖地の出入りのやり方は隠され見れなかったが、出てからの景色を楽しむ余裕くらいはあった。

 だが気のせいか南に向かっている様には見えない。


「何処に行く気だ?」

「少し寄り道かしらね」


 二人を背に乗せマガミは圧倒的な速度で走る。

 流れるように過ぎる景色を見ていたミキは、ふとそれが視界に入った気がした。


(石垣?)


 一瞬見えたそれは間違いで無ければ石垣だった。


「戻れるか?」

「ええ。今じゃない時なら」

「……そう言うことか」


 事前に自分も興味を持つ物を見せることでやる気を起こさせたのか……そう理解し、ミキは軽く狼の背を叩いた。


「早く行け」

「はい」




~あとがき~


 これにて南部編壱章の終わりとなります。

 しつこいようですがまだ中央草原です。南部の砂漠は遠いです。


 聖地の入り口というか外れにある人狼の村でのお話でした。聖地でのお話はいずれまた。


 何かそれっぽい雰囲気を出していた七色球体ことレジックですが、その正体は四聖獣の朱雀とも呼ばれる存在です。つまり蛇と亀はそれぞれ青龍と玄武と言うことになります。

 が……西の白虎は死んでるらしいです。はてさてどうなることやら。

 ちなみに癒しの聖獣の正体は『エイ』です。ただそんな気分だっただけです。


 次回はオアシス都市でのお話になる予定です。




(C) 甲斐八雲

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