其の陸
泉に入っては出てを繰り返すうちに、ミキは自力で歩けるようになっていた。
終始木漏れ日が差し込む明るい場所なので時の経過は分からないが、マガミが言うには『来てから三日ね』とのことだった。
それであの怪我がここまで癒されるのだから、聖獣の力は流石に凄いとしか言えない。
ただ凄いはずなのだが……今日も今日とて七色の球体と争っている魚を見ると有難味に欠ける。
「どうしてあの二匹は、いつもああして喧嘩しているんだ?」
泉の中に存在する石に腰かけて問うミキの言葉に、仰向けの姿で水に浮かんでいたマガミが答えた。
「似ているのよ。片や傷を癒す聖獣。片や再生を司る四聖獣……譲れない何かがあるんでしょ」
「そうか」
納得して頷く。懲りずにレシアが二匹の喧嘩の仲裁に向かったが、最悪また蹴って黙らせることになるだろう。
「……今、変な言葉を聞いたな」
一瞬受け流していたが、ミキの思考にそれは引っかかった。
「何が」
「四聖獣と聞こえたのだが?」
「ええ。レジックは四聖獣の一つ、再生を司る鳥よ」
漂っていたマガミは体を起こし底に尻を置く。
泉の水は冷たくは無いが熱くもない。自分に適した温度になる様に聖獣の力が施されている。
そんな水でバシャバシャと顔を洗って、人狼はくわ~と欠伸をした。
「説明する気無いだろう?」
「違うわよ。実物を前に何を言っても信じて貰えない気がするだけ」
レシアに掴まれ振り回されている鳥が、神格を持つ存在であると誰が信じようか?
諦めつつマガミは口を開く。
「初代が名付けたらしいから、たぶん貴方の元居た世界の名前でしょうね。レジックはシャーマンたちの間では"朱雀"と呼ばれているわ」
「あれが、か?」
「だから言いたくないのよ」
呆れながら肩を竦めつつ、マガミは言葉を続けた。
「元々は南部に住んでいたらしいのだけれども……砂漠が広がり住める場所を無くしたグリラたちが、東へ逃れたのを追ってついて行ってしまったらしいの」
「腐っても守護聖獣と呼ばれる存在だったのだがな」
「貴方の世界で、でしょ? こっちだと何度死んでも炎の中から甦ると言われる存在よ」
「それは知らんな」
何度でも蘇るらしい聖獣は、レシアの手によって水の中に沈められ全力でもがいている。
「あれは良いとして……あと会って欲しいのは東の双頭の蛇」
「それは出会ったな」
「みたいね。それと北に住まう大岩の亀」
「煩いと怒られたな」
「流石巫女様ね。ある意味徹底してるわ」
苦笑を浮かべてマガミが頬を掻く。
「最後は……殺されてしまったらしい西の虎かしらね」
「それは少し難しそうだな?」
「ええ。だけどこっちの都合もあってどうにか探して会って欲しいのよ」
「善処するが……何故会わないといけない?」
当然の質問にマガミは言葉を詰まらせる。
「言えないのか?」
「ええ。今はまだね」
「なら言える範囲でなら?」
「そうね……それが巫女の宿命だから、かしらね」
「宿命か」
少し嫌な気持ちになったが、ミキはとりあえず頷き返した。
「レシア」
「は~い」
魚を尾びれを掴んで放り投げた彼女が戻って来る。
本日の勝敗も巫女の一人勝ちらしい。
「そろそろ戻るか」
「分かりました」
ミキ同様に衣服を身に着けたまま泉に入っている彼女であるが、濡れた服が全身に張り付き薄っすらと肌を浮かばせている。つまりあまり意味を成していない。
疲れた様子でレシアの肩に手を置きミキは問うた。
「どうしてお前はそう下着を着ないのだ?」
「ふぇっ? 濡れたら乾かすのが、ふにゃにゃにゃにゃ~」
握られた拳で左右からグリグリと頭を挟まれた彼女は、泉の中に崩れ落ちて行った。
「結局貴方の一人勝ちね」
「勝負にもなってないよ。まったく」
呆れつつも水没したレシアをミキは抱き起した。
「私たちの戦い方は人を相手にするように出来て無いんだけど?」
「何も本気で来いとは言わんさ。ただここのところずっと寝ているだけの日々だったからな……体が鈍ってしょうがない」
「真面目ね。でも嫌いじゃない」
ちょっとした広場でミキとマガミは向かい合う。
膝の上に球体を乗せたレシアは、今から始まる物を今か今かと待ちわびていた。
「勝敗の判定は?」
「俺が負けたら終わり。お前が勝ったと思ったら終わり」
「……貴方が勝ったら?」
苦笑して彼は頭を振った。
「今日の所は無さそうだから気にするな」
「そう。なら……まずは小手調べからかしら?」
言って彼女は一歩踏み出し二歩目から姿を消す。
シャーマンが使える御業。だがその御業の祖は彼女たち人狼らしい。
人狼は自身の力で自然を歪ませ、シャーマンは自身の力で自然に手伝って貰う。
まだ謎の解けていないこの御業を、ミツは容易く破ってレシアを捕らえたらしい。
「はい。まず一勝」
背後から人狼の手刀を首に押し付けられ、ミキは数度頷いた。
「御業無しで頼めるか?」
「あっさりと引き下がるのね」
「ああ。今日はただ体を動かしたいだけだ」
「だったらあっちの物陰で私とちょっと全身運動をっ」
飛んで来た球体を受け止めて、マガミは掴んだ七色を自分の頭の上に置いた。
「ガルル」
「最近巫女様が野生化していないかしら?」
「いつも通りで見てて楽しいだろう?」
「そう言える貴方はやっぱり凄いわ」
苦笑してマガミは御業無しで彼に立ち向かった。
結果……ミキは大差で彼女に負けた。
(C) 甲斐八雲
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます