其の伍

 車座となり座る長老たちに見つめられ、マガミはらしくないほど真面目にしていた。


「猛き者の娘よ。巫女様はどうであった?」


 大婆の一人から声を掛けられるが、マガミは正面を見つめたままだ。


「はい。現世の巫女様は、才能だけなら初代にも匹敵するかと思います。ただ性格にかなり難がございます。彼が傍に居て正しているから見れますが、彼が居なければ……子供と大差ないでしょう」

「そこまで酷いか?」

「はい。話に聞くレイラ様のご息女とはとても思えません」


 嘘を吐いてもしょうがないので事実だけを答えていく。

 お蔭で大婆たちの気配が……知ったことではない。


「だが才能だけは素晴らしいのであろう?」

「はい」


 どうにか気持ちを立て直し質問が飛んで来る。

 性格には色々と問題が多いが、彼女の踊りの才能だけは上限知らずだ。

 話に聞く限りまだまだ伸びているらしい。


「私以外にも聖地外周の警護の者たちも見ていますが、誰も彼女の踊りにケチなど付けません」

「その才能は母親以上と?」

「私はレイラ様の踊りを知りません。もしご確認したいのであれば自分たちの目で」


 大婆たちならば全員先代の巫女様の踊りを知っているはずだ。

 それを知るマガミの言葉に皆が一様に頷く。


「だが問題がある」

「……」


 押し黙っていた人物がついに口を開いた。

 マガミの正面に座る大婆の一人だ。マガミの祖母にあたる人物だ。


「何故また"剣術"を使う者なのだ?」

「私には分かりません」

「で、あるか。しかし剣術を使う者がこの場で何をしたのかくらい覚えて居よう?」

「見てはいません。聞いた話では……レイラ様を攫って逃げたとしか」


 だがマガミは知っている。それは大婆たちが言っているだけの言葉だと。

 事実は違い……彼と彼女は愛し合い、手を取り合ってこの地から逃れたのだ。


「逃げた先であの様な物を作るとは、な」

「ですがあれのお蔭で西の者たちは容易に攻めることは出来ない。その事実も認めるべきかと」

「あれを認めろと?」


 ジロリと睨んで来る祖母の目に、マガミの背中に冷や汗が走る。


「この聖地の入り口に、勝手に"国"を作ったのであるぞ? それを認めろと申すのか?」

「確かに人からは"国"と呼ばれています。ですが我々から見ればあんな物は大きな壁です。本気を出して走れば駆けて登ることも出来ます」

「弓とやらで撃たれるだけだ」

「……っ」


 言葉を重ねようとし、マガミは自分の口を強い意志を持って閉じた。

 このまま話せば平行線だ。いつも通りに答えなど出ない。


「確かに聖地に入る人も増えました。ですがそれは聖地に住まうシャーマンたちと外の人との取り決めに寄ることです。我々が止めることなど出来ない」

「じゃがあの様な者は信用が出来ない」


 喧嘩相手となる祖母を見て……マガミは深く息を吐いた。


「人から見れば我々も信用出来ないのでしょう。それはたぶんシャーマンも同じです」


 ざわついていた場が水を打ったように静かになった。


「我々は人狼。人であり狼である存在。人と形は同じになれても決して人ではない。だからシャーマンも自分たちと同じ"人"を頼るのでは?」

「その言い方。まるでシャーマンが我々を信じていないようにすら聞こえるな?」

「はい。私はそう思って言っています」


 打ち合わせ通りに一石を投じ、マガミは恭しく頭を下げた。


「我々も考えるべき時なのかもしれません。これからの人との係わりをもっと真面目に……巫女様の様子を見に行きますので私は失礼させていただきます」


 言って立ち去ろうとするマガミに他の大婆が声を掛ける。


「猛き者の娘よ」

「失礼。私は信の置ける"人"より名を貰いました。『マガミ』……それが今の私の名です」


 重ねての言葉に大婆たちは驚き目を剥く。


 次期大婆候補である娘が名を授かる……それは必要ならば村を出て行くことに他ならない。

 つまり彼女は自分の意志で地位を蹴ったのだ。


「では改めて失礼します」




「暇ですね~」


 地面に寝っ転がりブラブラと足を動かすレシアに、石を背もたれにして座る彼が視線を向けて来た。

 ミキの足の上に鎮座する七色の球体が普段より膨らんでいる。

 その背中と言うか、体に顔から抱き付いている彼は……また眠っている様子だ。


「巫女様。彼から離れないようにと言ったはずですよ?」

「だって暇です」

「そうですか。なら私が取って」


 マガミが彼に足を向け歩き出そうとすると、飛び起きたレシアが一気に駆け寄り七色の球体を掴んでマガミに投げつける。

 そして本人は彼の足の上に座った。


「……聖獣を投げないでくれますか?」

「良いんです。ミキと比べれば……です」


 と、体を預けていた球体を失った彼は、レシアの背中に顔を押し付けるとそのまま腕を回して抱き付いて来る。


「ちょっとミキ? そこはダメですっ!」


 背後から回された彼の手がレシアの胸元をがっしりと掴む。

 偶然ならば奇跡。計算しているのなら助平と判断されそうだが、ミキは確実に寝ていたのでどうやら答えは前者らしい。


「ちょっと……放して下さい」

「人の目も気にしないのは問題あると思うわ? 巫女様」

「私が悪いんですか~」


 泣きそうな声を出しながらレシアは、相手の腕から抜け出すことを諦めた。




(C) 甲斐八雲

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