其の肆

「ミキ~」

「水を飲め。あとフードを被れ」

「暑いです。溶けるです」

「それでも飲んでフードを被るんだ。日焼けするぞ」

「あぅぅ」


 終始文句を言いながらレシアは顔を隠すようにフードを被る。

 全身を包むローブのような形をした上着で全身を覆うと確かに熱いが、それでも直射の日を浴びるよりかはマシだ。


 マガミに南部の街に捨てられてから八日……ミキたちは隊商に加わり延々と砂地を歩いていた。


「何でこんなに熱いんですか? お日様が狂っているように思えるんですけど」


 荷運びに使っている背中にコブを持つ生き物……ラクダに水を与えるために隊商は一時的に止まった。

 と同時にレシアの不満が一気に口から溢れ出した。


「良くは分からんが……たぶん原因はお前の胸だ」

「ミキ。そろそろ私だって怒る日が来ますよっ!」

「ああ。言葉が足らなかったな。お前の胸を巣にしている球体だ」


 口の中の砂をペッと吐き出し、彼は軽く水筒の中身を口にする。

 僅かな水が体内に入ると同時に蒸発して行くような気さえする暑さだ。


「この子ですか?」


 レシアは自分の胸に手を入れ蕩けている七色を引っ張り出す。

 球体では無くふやけた紙のようにヘナヘナになっている四聖獣の一匹が、暑い外気を感じるやブルブルと震えてまた伸びた。


「それがこの地から居なくなってから気温がどんどん上がったそうだ。結果としてこの砂地が広がり増々暑くなって……その繰り返しで南部はこうも暑いらしい」


 彼女に抓まれて伸びている存在がそれ程の力を持っているとは思えないが、地元に住む住人たちの伝承や口伝ではそうなっているらしい。

 神の加護を失った土地……それが南部なのだとか。


「だったらこの子をここに置いておけば涼しくなるんですか?」


 良いことに気づいたとばかりにレシアが足元の砂を掘り出す。

 身の危険を感じたらしい七色の球体が元の形に戻って暴れ出した。


「たぶん違うだろ」


 少し試してみたい気持ちもあるが、そんなことで解決しているのなら過去の偉人が達成しているはずだ。

 聞く耳を持っていないのか、それとも暑さで頭をやられたのか……一心不乱に穴を掘るレシアの頭の上から水をかけて正気に戻す。


「とりあえず今が一番暑い時間帯だ。これさえ過ぎれば楽になる。我慢しろ」

「ふな~」


 球体を抱きしめてレシアは崩れ落ちた。




 砂漠という場所は、日中日の光を浴びた砂が熱を持ち高温となる。

 だが日の日が沈み辺りを闇が包んだら? 答えは至極簡単な物だ。




「寒いです」

「この気温の差は本当に辛いな」


 全身を震わせて抱き付いて来るレシアの頭を撫で、ミキは辺りに視線を向ける。

 一緒に砂漠を渡る商人たちが首を傾げるほど順調に旅が続いている。街を出てから一度も化け物に襲われていないのだ。


 ミキは荷物の上で丸くなり寝ている様子の球体を見る。

 この珍妙な生き物が一声鳴けば、辺りから化け物たちの姿が消えるのだ。

 レシアが言うには『誰も食べられたくないですし』とのことだ。


「さぶさぶです」

「ってこっちに入って来るな」

「嫌です。寒いです」


 彼のローブを捲り体を寄せて来たレシアは、ピタッと抱き付いて頬ずりし始める。

 確かにこうして肌を寄せている方が暖かくはあるが。


「一応これでも隊商の護衛なんだがな?」

「大丈夫ですよ。他の人たちもあっちっこっちで休んでますよ」

「休むのは良いが……まあ仕方ないか」

「ですね。何ならこうしましょう。鳥さんどうぞ」

「コケ~」

「はいこれで今夜は安心です」


 ギュッと彼に抱き付くレシアは、遠巻きにしてこちらの様子を窺っていた生き物たちが、蜘蛛の子を散らすように逃げていく様子を感じた。これならば日が昇るまで間違いなく安全だ。

 ただやはりミキとしては面白くない。


「給金泥棒は趣味じゃ無いんだがな」


 彼女と旅を始めてから、何故か楽して儲けばかり増えている。


「楽が出来る時は楽しましょう。あ~ミキは暖かいです」

「そうか? お前の方が暖かだぞ?」

「……言葉の中に悪意を感じました。私の何が暖かいのか言いなさい、ミキ~」


 ガバッとローブの隙間から顔を出してレシアが吠える。

 やれやれとその顔を捕まえミキは小うるさい唇に封をした。


 唇を離すと月明かりでも分かるほど顔を真っ赤にした彼女が居た。

 そっと相手を抱きかかえ、彼は自分の足の上に置く。素直に従うレシアは、足の上に座ると増々その顔を赤くした。


「……ダメですミキ」

「どうした?」

「外ですし……」


 恥ずかしそうに俯く彼女を軽く抱き寄せ。彼はその耳元で優しく囁く。

 ビクッと一瞬体を強張らせたレシアは、自分の力を使って隊商の様子を確認する。


 ミキ同様に女性同伴の護衛たちは共に一緒に居る様子だ。ただその距離は自分同様に近すぎる。

 相手を連れていない一人ぼっちの護衛も居たはずだが、その者たちにも何故か相手が居てこれまた距離が近い。


 荷馬車の方に意識を向けると、雑用などをしていた女たちの姿がない。

 商人たちの使っている馬車は……人が多過ぎて見ているだけで酔ってしまいそうになる。


「あわわ……あわっ」


『隊商の様子を見てみろ』と彼に言われて得た結果にレシアの顔は増々赤くなる。

 見たことが正しければ、現在この隊商で何もしていないのは"自分たち"だけなのだ。


「言ってなかったか」

「ふぁにがでふか?」

「南部の男性は積極的に女性を求める傾向が強いらしい。こんな感じで夜は寒くなるからだんを取る意味合いもあって酒も結構飲むしな。それだけだと足らないから女を抱くとか」


 言われレシアは咄嗟に相手から離れようとする。

 だが彼の手がそれを許してくれない。素早く背中に回された手が……行き場を失っていた。


「ダメですミキ」

「どうして?」

「あう~」


 思考停止に陥りそうなほど心臓をバクバク言わせ、レシアは必死の思いで口にした。


「外は嫌です」

「分かった。なら街に着いたらな」


 言われて抱き締められ……コロンと砂の上に横になる。

 余りのことに判断しきれなかったレシアは、しばらくして彼にからかわれたのだと気付いた。


「も~っ!」


 憤慨し、キスをして……レシアはふて寝した。




(C) 甲斐八雲

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