其の参
ハインハル王国王都ハインハル
「何とも言い難い状況ではあるな」
「その様で」
城の執務室で王位を継いだ男は頭を抱えていた。
問題の山積で、何から手を着けたら良いのか分からない状況だ。
「内乱後の国内不安もようやく少しは落ち着いてきたが……」
「貴方が行った掃除が原因でございます。こればかりは諦めて貰いませんと」
「そうだな。だが本当に皮肉な物だ」
ずっと腰を下ろしていた椅子から立ち上がり、彼……ハインハル国王セイアスは薄く笑う。
「あの様な私利私欲の塊であった無能な大臣たちですら、少しは仕事をしていたらしいな」
「はい。どんなに無能でも国を動かすには必要だったのでしょう」
「必要……か。本当に皮肉だな」
国にとっては害悪でしかない存在であったからまとめて処刑した。
そんな者たちが実は国を動かすのには必要とは……皮肉以外の何物でも無い。
「だが国を蝕む虫は要らん。今はまだどんなに苦しくともな」
セイアスは窓まで進み外を見る。
王城から広がる街は緩やかだが活気を戻しつつある。
とりあえずの戦いは終わった。内乱は鎮圧され、軍の規律も戻った。
「無能な大臣たちを見限り、在野に降った者たちの再登用はどうなっている?」
「はい。戻って来る者は僅かばかりで」
王の相談役として仕える初老の男性は、苦々しい表情を浮かべる。
有能であった者たちは国を見限り離れてしまった。
その者たちを探し声を掛けてはいるのだが……。
「最も多い返答は『現王が無能では無いと保証して頂けますか?』だそうです」
「そうだろうな。無能な上司のせいで仕事は出来ずに居た者たちだ。上が替わっても信じられぬのだろう」
その気持ちは痛いほど分かる。
自分自身が無能を装い隙を伺い続け、仲間を集いようやく行動を起こすのに生じた年数は10年を超えた。集った仲間たちですら将来に絶望し幾人も離れて行った。
「人材とは得るのは大変か」
「確かに」
呟いた王は苦笑染みた物を浮かべる。
いつだったか似たようなことを若き才ある者と話した。
あの様な若者がこの国に居れば……セイアスは静かに首を振る。
違う。才ある者を求めるのではない。才ある者を育てる国としなければいけないのだ。
「国を治める者は本当に大変であるな」
「左様にございますな」
「ああ大変だ」
だからこそ投げ出すことは出来ない。
気持ちを入れ替え王はまた椅子に腰かけた。
「さあ……我らの今の戦いと参ろうか?」
「はい」
ブライドン王国内コンソート領
「フィーラ。ラインフィーラ」
「はいお父様?」
練習用の刃の潰れた剣を振るっていた女性が手を止めた。
髪を掻き上げて額に浮かぶ汗を払う。
見た限り男性の様に振る舞う娘に、彼女の父親は頭を抱えてしまいそうになるのを耐える。
「また見合い相手に怪我を負わせたとはどう言った了見か!」
娘の振る舞いも頭痛の種であったが、それ以上の問題が彼を苦しめている。
自身が良かれと思い連れて来る見合い相手を、娘が『腕試し』と称して叩き伏せ続けているのだ。
このままでは娘の嫁ぎ先が無くなってしまう。
だが娘はそんな父親の気持ちなど知らない様子で満面の笑みを浮かべる。
「わたくしよりも弱い男性に嫁ぎたくないのです」
「何を?」
娘の言葉に父親は唖然とする。
そんな父親を尻目にラインフィーラは自分の気持ちを口にし続ける。
「言葉の通りですお父様。せめてわたくしより強い男性に嫁ぎたい……そして得た子供を立派に育て上げ、この国を支える人材としたい。それが今のわたくしの役目にございますので」
「役目とな……?」
「はい」
顔に浮かぶ汗を日の光で輝かせ、ラインフィーラは笑い続ける。
「わたくしはある人と約束しました。もう決して自分の手でこの剣を使う仕事はしないと。その代わりにわたくしは、女の身でしか出来ない大役を果たすと」
「大役とな?」
「はい。子を成して育てると言うことです」
迷いの無い言葉に父親は娘に嫁ぐ気があると言うことを理解した。
「だから強い相手を求めると言うのだな?」
「はい。でも粗暴な男性は嫌です。この家に相応しくありません。強くて礼儀正しく女性に対して厳しくとも優しい相手をわたくしは得られればと考えております」
剣を鞘に戻し娘が深々と一礼して来る。
「ラインフィーラよ」
「はい?」
「……それはちと欲が深いと思うのだが?」
引き攣った表情を見せる父親に、彼女は小首を傾げた。
「そうでございますか?」
「ああ。そんな男などこの世に居るのか?」
「はい」
キラキラと輝く笑みを見せ彼女は頷く。
「少なくともわたくしは、その様なお方を一人だけ知っておりますので」
ハインハル王国の片隅。名も無き村
「はい。もう良いのね?」
その女性は雑草の茂る緩やかな斜面に腰かけ座っていた。
胸に抱く大切な存在はお腹が膨れたのか、幸せそうな表情で口をもごもごと動かしている。
娘の授乳を終えた女性は服を正す。
うとうととしている娘をあやしていると、ハァハァと息を弾ませて犬が駆けて来る。
その正体は犬のような姿をした化け物だ。
「どうしたの?」
クルクルと女性の周りを回る犬は、嬉しそうに尻尾を振っている。
あ~あ~と声を発して娘が犬に手を伸ばす。
「もうダメよ。リシャーラ」
幼子の手首には白い紐が緩やかに巻かれている。その手を押さえ母親は笑う。
「ダメよリシャーラ。貴女は優しくて……何よりお淑やかにならないと」
「あ~」
母親……ラーニャは柔らかく娘に笑い続ける。
「いくら才能があっても、どこに出ても恥ずかしくない子に育てないとね」
白き色を持って生まれた娘。
自分の様なシャーマンとして最低な存在が産むとは思わなかった存在。
それだけにラーニャは娘を確りと育てなければと言う思いに駆られる。
「あの子のような恥ずかしい娘にはしたくないしね」
あの様な存在に育てたいとは思うが、あれそのものには育てたいなどとは思わない。
何より彼女の様に育つと、それを相手する彼が……この世にもう一人居るとは思えないからだ。
そっとラーニャは視線を西に向ける。
「ミキさんはこの世に一人だけですからね」
~あとがき~
まだまだ続くよマイナー人物なお話が!
後二回ほど続きますのでお付き合いのほどを。
(C) 甲斐八雲
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