其の肆

 ブライドン王国王都シューガラ



「お前とこんな場所に出会うとは思わなかったな」

「奇遇だな。俺も同じことを思っていた所だ」


 酒場の隅で杯を合わせる男が二人。

 一人は奴隷商人のクックマン。もう一人は解放奴隷のキャッシバだ。


 キャッシバがまだ戦士団に所属していた頃からの顔見知りであるクックマンと、こうして酒場で酒を飲むのは初めてである。

 闘技場で奴隷たちに囲まれて飲んだことは何度かあったが。


 商品の仕入れで王都に来た商人は、偶然彼に出会うことが出来た。

 事前に手紙を受け取っていたから、日を合わせ合流したと言うのが正しいのではあるが。


 杯を空にしながらキャッシバが口を開く。


「それにしても……何だ? あのミキが女を連れて旅に出るとはな」

「全くだ。俺はてっきりガイルの後を継いで奴隷頭になるもんだと思っていたがな」

「あはは。お前はミキの知恵が欲しかっただけだろう?」

「当たり前だ。アイツの知恵は下手な商人より正確だ。俺がどれ程儲けたか知っているか?」


 中規模商人だった彼は最近大稼ぎしたらしく、羽振りが良いのは旅の途中でキャッシバは小耳に挟んでいた。だがどうやらその商機を導いたのはあの若者らしい。


「その儲けに感謝して……少しは女に優しくしろ?」

「……ミキにも似たようなことを言われたな」

「あれはああ見えて自分の女を愛して大切にするからな」


 クククと下品な笑みを交互に交わし、また二人は杯を打ち合わせ音を鳴らす。


「一番の驚きはミキが女に惚れるってことだったがな」

「確か……あのイルドとやったんだろ?」

「ああ。それも実質圧勝だ」

「信じられんな」


 確かに奴隷頭のガイルたちに雑用を押し付けられ下手な奴隷より体を鍛えていた。

 だがそれでは説明できない『強さ』を彼は持っていたのだ。


 と、キャッシバはふと……自分の思考に何かが引っ掛かった。

 噂話だ。確か西から流れて来た元兵士だと言っていた男の戯言。


「酒のつまみにこんな話はどうだ?」

「商売になるか?」

「ならんが……まあ暇潰しにはなる」


 酔っているせいか気を良くしているクックマンは、引退間際の男に話を促す。

 軽く頷いたキャッシバは、一度咳払いをするとゆっくりと口を開いた。


「まあ他人から聞いた話だから真実かどうかは知らんがな……西にファーズンと言う国があるだろう? あの国を支配している者たちの大半はここでは無い場所って言うのかな? そんな場所から来た者たちらしい」

「おいおい。こことは別に大陸があるとか言うおとぎ話か?」

「いや違うらしい。何と言えば良いのか……こことは全く違う世界とか言うらしい。何でもそこにはここ以上に血気盛んな男たちが居て、良く戦をしては殺し合っていたらしい」

「物騒な場所だな」


 苦笑しながらクックマンは酒を煽る。

 こっちも十分に物騒なのに、どうも他の場所でも物騒らしい。


「ファーズンにはそんな場所で戦っていた者たちが大勢いるらしい。何でも不思議な力を使う宗教の一番偉いのもそこの世界の出身らしい」

「だから戦ばかりしているのか? そんな血の気の多い者たちなど勝手に呼ばんで欲しい物だな」

「ああ。だが……この話を聞いて思わないか?」

「何がだ?」


 ワインで喉を潤しキャッシバはニヤリと笑う。


「とんでもない実力を隠し持っていた若者のことをさ」

「……ああ。そう言われるとな」


 クックマンも合点がいった。確かにそう言われれば該当する。


「確かにミキのことを言っているかのようだな」

「そうだろう」


 クククと笑って二人はまた酒を煽る。


 確かに該当する部分は多いが、そんな馬鹿な話などあってたまらない。

 おとぎ話など妄想の産物だから笑って聞けるのだ。


「ただあのミキならあり得そうだがな」

「確かに。何せあんな娘の相手を出来るのだからな」


 ガハハと笑ってまた酒を煽る。

 二人の男たちは、次なるつまみとして若者をネタに酒宴を続けた。




 ブライドン王国内ズイゾグ村



「頑張れ次期村長~」

「だからからかうなっ!」


 周りの男たちの声にクワを担いだ少年が、ガウガウと犬のように吠える。


 みんなの前に大見得を切って『この村の村長になって豊かにしてやるから待ってろ!』と言ってしまったのが運の尽きだった。

 それ以来何かあるとからかわれ続け、その度に反論するのが決まりごとのようになっている。


「あっちの人手が足らないぞ? 次期村長~」

「だから……あ~も~っ!」


 少年は地団太を踏んで言われた方へと歩いて行く。


 そこでは村に駐屯することとなったツントーレの兵士たちが農民と混ざり畑を耕していた。

 最初は色々と衝突もあったが、その時に『この村の~』と吠えた少年によって笑いが広がり話し合う切っ掛けが生じたのだ。

 間違いなくあの時人々の心を動かしたのは、ラインと呼ばれる少年の言葉だった。


 だからこそ村人や兵士たちは、まだ幼くて危なっかしい少年をからかいながらも導いている。

 次期村長に相応しい人物になる様にと。


「お兄ちゃん」

「どうしたリリン?」

「見て~」


 可愛らしい少女が駆けて来て、兄の頭に花で作った王冠を乗せる。

 それを見ていた男たちがニヤリと不吉な笑みを浮かべる。


「次期村長様が次期国王様を目指し始めたぞ~」

「だぁ~っ! からかうなっ!」


 男の声に反応し、少年は八つ当たり気味にクワを地面に突き刺し続ける。

 頑張る少年に村の老人たちは優し気な視線を向ける。

 希望の光は確かにそこにある。




~あとがき~


 何気に正解の話を酒のつまみにしていたお話でした。

 ラインとリリンとか覚えている人は居るのかな?


 次回で東部の思い出し閑話はおしまいです。




(C) 甲斐八雲

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