其の弐拾漆

「ぶぅ~」

「膨れて無いで確り歩いてください。巫女様」

「でも……」


 頬を膨らませ不満たらたらのレシアが、一歩進んでは肩越しに振り返る。

 自分の後ろを歩く女性が背負う"荷"が気になって仕方ないのだ。


「なら巫女様が背負って運びますか?」

「……ぶぅ~」


 何度目か分からない押し問答に負け、レシアは視線を前に向ける。

 だが数歩歩くと彼女はチラチラと振り返り始める。


 街から兵士たちが迫っている現状としては宜しくは無いのだが、こちらは実質三人だ。

 最後まで砦に残って敵を引き付けると言っていた化け物の顔を思い出すと……下手をしたら全てを叩き切るつもりで居るのかもしれない。


 それにこっちには"巫女"と呼ばれる人物まで居る。

 彼女が本気になれば自然は自分たちを包み隠してくれると彼女……マガミは信じていた。


(周りに護衛も居るから平気でしょう)


 一定の距離を保って仲間たちが並走しているのをマガミの鼻と耳は捕らえていた。


 気分屋が多い同族なかまたちだが、今の巫女には未完全ながらも舞を見せられ魅了されている。そして昨夜の舞も褒美の前払いとしても十分であろう。

 仮に人の兵士がこちらに気づいても彼らが排除してくれるはずだ。殺さない程度に。


 クスッと笑いマガミは背中の荷を背負い直す。


 圧倒的な力で打ちのめされた彼は、覚醒と睡眠を繰り返すばかりで一言も発しない。

 決して勝てない戦いに必死に食らいついて、しばらく粘ると言う偉業を見せたのだ。燃え尽きて寝ていても文句など言いようもない。


 ヘラヘラとした人の男など『か~。化け物が育てると人の子も鬼になるようやわ』と笑っていた。

『鬼』を知らないマガミでも、その言葉が褒め言葉の一つであることぐらい気づいた。

 だから背負う彼の重さなど全く気にならない。むしろ光栄なことにすら思えて来る。


 前を行く巫女様は大変面白くない様子ではあるが。




「ミキ~っ!」


 豪快に吹き飛ばされ、背中から地面へと倒れ込んだ彼に向かいレシアは駆け寄り抱き起す。


 最初は戦っていた様にも見える。

 でも少しすると一方的になり、最後は圧倒的な差で彼は負けた。


「ミキ! 大丈夫ですか!」


 襟を掴んでガクガクと揺するレシアの頭に彼の拳骨が落ちる。

 最後の力をこんなことに使わされたミキは、どうにか片目を開いた。


「触るな」

「酷いっ!」


 心配して駆け寄って抱き起した結果がその言葉だった。

 ショックを受けたレシアは、ボロボロと涙を溢して……それでも彼が生きていることに安堵する。


「最後はやったと思ったが……十手の鉤で刃を受けて防いだか」


 トントンと手に持つ直剣の腹で肩を叩きながら、圧倒的な違いを見せたミツは敗者を見下ろす。

 全力の自分に最初の僅かな時間……地面に伏している若者は付いて来たのだ。


「誇れよ三木之助。お前は少なくとも、一瞬だけ武蔵の隣に並べたのだと」

「……はい」


 絞り出した声にミツは鼻を鳴らして笑うと、自分に向かい歯を剥いて唸る少女から面倒臭そうに逃げ出す。

 と、足音も立てず寄って来たマガミがミキの体を引っ手繰り、レシアは次なる"敵"に牙を剥いた。


「なあ、レシア」

「……はい」


 マガミの手で上半身を起こしたミキは、激痛に震える表情を無理に動かし笑う。


「踊れるか?」

「はい?」


 突然の言葉にレシアですら呆気にとられる。

 だがミキは、言葉を詰まらせながらも口を開いた。


「見たいんだ。お前の踊りを」

「……もうっ!」


 今にも死にそうな彼に言われ断ることなど出来ない。

 纏っている空気の様子から命の危険など全く感じないが、それでもそう思わせるほど弱々しい。


「にゃ~っ!」


 モヤモヤとする気持ちを空に吐き出し、レシアはピョンと立ち上がった。


「……誰か音をください。今日はそんな気分なんです!」


 胸の中がまだモヤモヤしているレシアは、自分のリズムを見つけられなかった。

 と、いつもヘラヘラしている男が、どこからともなく横笛を持って来ると投げた。

 放物線を描いてそれを受け取ったのは、石に腰かけていたミツだ。


「俺に吹けと?」

「俺っちはそっちは全然ですから」


 やれやれと肩を竦め、化け物と恐れられた男が笛を口にする。

 先ほどまでの恐ろしい雰囲気とは違い、奏でる音は澄んで優しい。

 まるで草原を流れるような音色に……レシアが踊り出そうとする。


 だが彼女の頭上から一枚の布が降って来た。

 長くて白い……羽衣のようにすら見える物を放ったのはマガミだった。


「彼からの注文よ。それを使って舞えって」

「……もうミキは、いつもいつも!」


 自分に対して優しいのに厳しい彼の行為に、レシアは満面の笑みを浮かべて小さく舌を出した。


 手にした布を柔らかく体に纏わり付かせ、彼女の舞が始まる。

 この世界ことなるせかいに居る者はただその美しさに魅入られ、あっちの世界ひのもとに居た者はその姿から天女を想像する。

 まさに巫女と呼ぶに相応しい天女の舞を……レシアは自然と踊って見せたのだ。


「天才だろう?」


 その姿を見つめミキは体を預けている存在に問う。


「ええ。そうね」


 クスッと笑いマガミもその踊りを見つめる。

 未完全ながらも彼女の踊りはより素晴らしい物に昇華している。


「あれの傍に居るのは、本当に大変だよ……」

「なら止める?」


 意地の悪い質問に、傷だらけの彼は苦笑してみせる。


「出来たら楽だろうな」


 自分が『臆病者』と痛感した今となっては特にそう思う。

 だが彼女には、その臆病をねじ伏せるて命を懸けるだけの価値がある。


 故に止まれない。


「このまま進むさ」

「あら大変ね?」


 クスクスと笑いマガミは彼を少し強く抱き締める。

 これくらいの役得があっても良いはずと思っての行動だ。


「大変だよ」


 一度息を吐いて、ミキは笑った。愛しい人を見つめて。


「負けず嫌い……それが宮本家の家訓なんだろうな」




「大将~?」

「何だ」


 しんがりを務める二人の周りには襲いかかって来た兵士たちの死体が転がる。


「逃げ出す必要ってあったんですか?」

「……ああ」


 フッと鼻で笑いミツは剣を振る。

 血と肉と脂が飛び散り、尻込みしている兵士たちが悲鳴を上げる。


「たまに人を斬らないと感覚を忘れるだろう?」

「それは大将だけですがな。俺っちは違いますって」


 死体の中で蹲っていた者を杖で突き、ゴンも笑う。

 死んだ振りをしていた兵士は、心臓を突かれて痙攣して果てた。


「こう見えて血を見るのが嫌いなんです」

「はっ! 笑わすな権之助」

「だからその名で呼ばんでください十兵衛殿」


 また鼻で笑いミツは剣を肩に担いだ。

 一歩踏み出すだけで兵士が慌てて後退する。


「俺の名は十兵衛! この首を取れる者が居るなら掛かって来い!」




 賊の討伐に向かった100の兵士は、20余しか戻らなかったそうだ。




~あとがき~


 これにて北部編伍章並びに北部編の終わりとなります。


 ミツと言う名なので「三成?」と思っていた人も居たみたいですが、彼は茶坊主ですよ?

 そんな訳で十兵衛と権之助の斬新コンビと相成りました。

 活躍の場が少ない気もしますが……それは追々後々と言うことで。


 にしても流石十兵衛はチートキャラだと思う訳です。


 ミキは変則二刀流に目覚め、レシアは……成長はしたかな?

 確実に大人の階段は登ったね。うん。成長したはずだ。


 そんなこんなで次回からは少し休みを挟みつつ、『あの人たちは今?』的な閑話を挟んで行こうかと。

 閑話が終わると南部編がたぶん四章ぐらい。西部編も同じくらいかな?

 最後の聖地編が章としては3つぐらいですが、最終章が何話になるのか想像できない。

 場合によっては聖地編は章を分けるかもしれません。

 まだまだ暫定的な物なので決定事項ではありませんが。


 では、次回からの閑話をお楽しみに。




(C) 甲斐八雲

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