其の弐拾伍
「何をどう間違えれは兵が100も集まるんだ?」
「さあ? 私に人の行動を聞かれても困るわ。こっちは言われた通りにしただけ」
「……何をした?」
軽く肩を竦めてマガミは答える。
「偉そうな人間を見つけ次第、殴り倒して行っただけよ」
「間違っちゃいないが、それだったら確実に殺しておけ」
「あら嫌だ。そんなことをしたら聖地に入れなくなるでしょ?」
コロコロと喉を震わせて笑う人狼に、ミツは苦虫を嚙み潰したような顔を見せる。
たぶん直接やったのは彼女の傍に居た小さな方だろう。
「人が嫌いだからって無茶をさせるな」
「……あの子は人が嫌いじゃ無いわよ。貴方が嫌いなだけ」
「結果として巫女が逃げられなくなって捕らわれでもしたら誰が責任を取る?」
「……その時は私たちと人との争いになるだけよ」
痛い所を突かれマガミも顔を顰めた。
ただ相手は歴戦の雄たる化け物だ。
「どうにかならないの?」
「無理だな。尻尾を巻いて逃げるとしよう」
あっさりと諦め逃げ出すことを選んだ。
彼は無駄な戦いを好んでする様な人間ではない。
「相手を引き付けて逃げる。その時は二手に分かれるしかないな。そっちは勝手に逃げろ」
「ええ。そうするわ」
元々この場所を待ち合わせに指定したのは、南へ無事に向かう為だ。
ただ予定と違ったのは、彼が話に聞いていたよりも友好的だったことだ。
マガミは手近な樽を椅子にして足を組んだ。
「一つ聞いて良いかしら?」
「何だ?」
「長老から聞いていた話だと、貴方は絶対に巫女たちを嫌うと言ってたわ。でも貴方は彼をいたぶ……鍛えてはいるけど巫女には手を出さない。どうしてかしら?」
フッと鼻で笑ったミツは、持っていた小樽を手の中で回す。
「別に……気まぐれだ」
「本当に?」
「ああ。それに」
顔を上げ彼は人狼の女を見る。
聖地と呼ばれる場所で説明を受けはしたが、本当にそんな
「こっちではどうだか知らんが、俺たちの居た場所じゃ巫女って言うのは本当に神聖な存在だ。俺みたいな面倒臭がりが係わって良い存在じゃない。そんな面倒はあの糞真面目な武蔵の息子にでも押し付けておけ」
「そう……貴方がそう言うなら文句は無いわ」
相手の本心など知りたくもないマガミは、その言葉を額面通りに受け取ることとした。
樽から立ち上がり軽く伸びをして……彼女は三日ぶりに彼らに会いに向かおうとする。
街で人の兵士の対応をしていたのでずっと会えなかった。食べ物は同族の少女に運ばせていたが、様子を聞いても巫女を前に緊張したのであろう彼女は何も答えない。
別にその存在が貴重であり神聖なだけで、彼女は基本人と変わらないのにだ。
「そうだ」
と、面倒臭そうにミツが言葉を投げて来た。
「俺たちはこれから逃げる仕度を始める。邪魔するなよ?」
「分かったわ」
ヒラヒラと片手を振って部屋を後にしたマガミは、三日ぶりに会ったミキの顔が倍ほど腫れているのを見て……どこぞの化け物に対して本気で激怒した。
「痛いって」
顔に触れる濡れた布を彼は本気で嫌がる。
どうしたら良いのか分からなくなったレシアが諦めた様子で両手を掲げた。
「もう。こんなに腫れてたらどこを冷やしても同じです」
「その木桶に頭を突っ込んだ方が早いと思うわよ?」
「そうだな」
パンパンに腫れた頭を木桶の中に押し込み水で冷やす。
ここ何日と殴られ続けたミキの顔は本当に酷いことになっていた。
「それで戦えるの?」
「……無理だな。目が開かん」
瞼まで腫れている彼の目は閉じられたままだ。
何をどうしたらと思いマガミは見ていたであろう巫女に尋ねた。
「毎日殴られ続けていたんです」
以上だった。それ以上でも以下でも無いと言いだけにレシアがそう告げて来る。
「それで顔をそんなに腫らした訳ね。あとで犯人を見つけたら食い殺してやるわ」
「止めておけ」
「どうして?」
「ある意味こっちが頼んだのだから、怪我を負わされても仕方がない。何より怪我をするのは俺が弱いからだ」
拭かれるよりも自分で拭く方を選んだらしく彼はそっと布を顔に当てる。
「お蔭で少しは見えて来たしな」
「……変な物が見えてなければ良いわ」
言ってマガミは木桶を掴むとそれを手に部屋の外へと歩き出した。
「なあマガミ」
「はい?」
「あと何日だ?」
「……良くて三日かしら」
肩越しに振り返ったマガミは、思案気な彼を見てため息を吐いた。
「そうか。分かった」
「……一日くらいなら伸ばせるかもしれないけど?」
「無理をしてだろう?」
素直に頷く女性を見て、ミキは軽く頭を振った。
「なら良いさ。二日休んでもう一度挑む」
「分かったわ」
部屋を出た彼女は後ろ手にドアを閉める。
二人にしておくべきだと察して……フラリと通路を歩きだした。
「ミキ」
「ん?」
「……」
心配そうな表情を見せてレシアは彼に抱き付く。
ここまでボロボロになっている姿を見ることになるとは一度として思ったことは無い。
それでも彼は毎日殴られ続けている。
意味が分からないが、続ける以上は意味があるはずだ。
「大丈夫ですか?」
「ああ」
「本当に?」
「ああ。だからそう泣きそうな顔をするな」
「でも……」
言って彼の胸に顔を押し付ける。
「大丈夫だレシア」
そっとミキは彼女の頭を撫でる。
「何かが掴めそうな気がするんだ。もう少しで」
(C) 甲斐八雲
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます