其の弐拾肆
「で、大将? 何で俺っちがとばっちりを?」
「武蔵の息子を遠慮せずに殴れる機会だ。良いからやれ」
「そりゃ確かに」
体と顔はミツに向いているが、ゴンは握った袋竹刀をミキに向け振り下ろしては戻すを繰り返していた。
その都度彼の頭や肩などをしたたかに強打するが気にしない。
命じられての行為だから手加減する方が失礼なことだ。
「受ける方も殴られるのが嫌なら必死に頭を使え」
「です、がっ!」
昨日打たれた肩に一撃を受けてミキの声が詰まる。
それでもゴンは腕を止めずに竹刀を振り下ろす。
「簡単だろう? 相手の動作を見て受け止めるだけだ」
「……昨日の一撃で左腕が上がらないのですが?」
「だったら右腕で振り下ろされる竹刀を横から叩けば良い。弱いことに言い訳をするな。強くなりたいなら全てを出し切って、得たい物を体に染み込ませて行け」
彼はワインの小樽を軽く煽る。
その様子を怒った猫のように睨むレシアの存在は無視してだ。
「良いか? 教えるにしても時間は無い。どこかの獣を走らせて来るまで時間を稼ぐように指示したが……この国の兵も決して馬鹿では無い。たぶんあと数日でここに来るだろうさ。それまでに得たい物を盗め。盗めぬのであれば教える意味など無い」
フッと鼻で笑い彼はゴロッと横になった。
「ゴン」
「へい?」
「100回殴ったら起こせ」
「……つまり最低100回は殴れと言ってます?」
「そのつもりだ。良いから終わったら起こせ」
「はいな」
呆れた様子で彼は腕の振りを速めた。
朝から始まった鍛練は、太陽が一番高くなった頃に終わった。
100回殴られた彼を、レシアは濡れた布で拭いて行く。
と、彼女はその手をやって来たミツに掴まれた。
「何するんですっ」
「黙ってろ」
「……にゃん」
相手の気配に圧倒されて彼女は尻尾を巻いてミキの背後に逃れる。
殴られた個所を確認したミツは、腕を振って休憩しているゴンを見る。
「手加減し過ぎだ」
「そりゃ殺生な」
「殺す気でやれと言っている。手加減は相手を弱くする。鍛えたいなら殺す気でやれ」
「……はいな」
反論を諦めてゴンは竹刀を手にした。
「なら次は200回だ。終わったら呼べ。飯食って寝ているからな」
「……大将が直接教えても良いんですよ?」
「馬鹿を言うな」
呆れながらミツは肩を竦ませる。
「まだ俺の教えを受けるほどの技量が伴っていない。やったら一発で殺してしまうだけだ」
言って彼はそのまま歩いて行ってしまった。
ゴンは消えた背中に対してため息を吐くと、どうにか立ち上がったミキに顔を向ける。
「良かったですね兄さん」
「何がだ?」
「あんな言い方してますけど、大将は兄さんのことを気に入ったみたいですよ」
「……おかげでこの様だけどな」
「あはは。仕方ないですわ。可愛い子ほどイジメたくなるってもんです」
「勝手な言いようだな」
「ですな。まあ諦めて殴られてください」
構えた彼が容赦無く竹刀を振り下ろす。
ミキはそれを見つめ、それを受けながら、ゆっくりと思考を巡らせる。
この鍛練に一体どんな意味があるのだろうと?
「意味など無い」
200回殴られ地面で伸びるミキが、呼ばれて戻って来たミツに対して質問した答えがそれだった。
「無刀取りは奥義だ。それまでに数多くの鍛錬を積み重ねた上に成り立つ。一日二日学んだ小僧が簡単に習得できる訳がない」
言って彼は石を椅子代わりにして腰かけた。
「だが普通殴られ続けれは学ぶものだ。どうすれば良いかをな」
「……どうする?」
地面で伸びるミキはレシアに膝枕して貰いどうにか体を持ち上げていた。
その様子を見てゴンが悪態を吐いているが、今は関係無いのでミツは無視しておくことにした。
「ああ。お前は昨日、最後の一撃を肩で受けた。何故だ?」
「咄嗟に」
「そうだ。咄嗟だ」
ニヤリと笑い、ミツは小樽を手にする。
「咄嗟の動きと言うのは、学んで身に付く物じゃない。毎日のように繰り返して体に染み込ませる物だ。ならお前はどこでそれを染み込ませた?」
「……」
思い出せるのは義父との鍛錬の日々だった。
化け物染みた義父の一方的な暴力に対して必死に食らいついて……そして覚えた。
頭では無くて体が、咄嗟の防御をだ。
「肩の骨は比較的硬い。だから下手な所で受けるより少しはましだ。それを知らないお前は殴られ続けたことで体で覚えたんだ」
「……つまり?」
「気づかんか? お前の体は殴られる基本が出来ている。だからこそ臆病になる」
軽くワインで喉を湿らせてミツは言葉を続ける。
「痛みを知り過ぎているんだ。武蔵がお前をどう育てたかったのかは知らんが、そう育っているのならつまりそう言うことだろう」
「義父殿は、俺を戦わせたくなかったと?」
「知らんよ。だが俺も子を持ったことのある身だ……これぐらいは言える」
軽く鼻で笑い彼は言葉を続けた。
「自分より先に死んでは欲しく無いと、な」
カクッとレシアの太ももに頭を預け、ミキは大きく息を吐いた。
そっと伸びて来た彼女の手が優しく優しくその頬を撫でてくれる。
「どうする? 嫌ならこれで終わるが」
「……続けてください。俺は学びたい」
また体を起したミキに、ミツは笑いかける。
「何の為に?」
「……惚れた女を護る為です」
迷い無く言い切る彼の目は真っ直ぐだった。
故にミツは笑ってゴンに視線を向ける。
「終いにする気だったが気が替わった。あと200ほど殴ってやれ」
「大将に優しさは無いんですか?」
「そんな物はお袋の腹ん中に忘れて来た」
「左様でっか」
呆れつつゴンは立ち上がると、撃ち込む相手が立つのを待つ。
立たなければ良いのに……不器用な馬鹿がフラフラになりながらも立ったので仕方なく竹刀を構えた。
「ほな死んでも恨まんといてな」
立った以上は容赦はしない。
ゴンは迷いを捨てて袋竹刀を構える。
手加減をされる辛さは……誰よりも痛いほど知っていたからだ。
(C) 甲斐八雲
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