其の弐拾壱
「ふにゃ~!」
ベッドの端から顔を出して威嚇して来る彼女に、マガミの肩を借りて部屋に来たミキは深く息を吐いた。
「嫌われているぞ?」
「あら? 貴方でしょ?」
借りていた肩から腕を外し、彼は軽く手を伸ばしてこっちに来いと指を曲げる。
「ふにゃ~」
威嚇して彼女は身を隠す。
「ほらやっぱり」
「……なら次はお前の番だ」
「見苦しいわね」
肩を竦めてミキと立ち位置を替わったマガミが手を伸ばす。
「ふにゃ~っ! にゃっにゃっ!」
「……」
「俺よりも威嚇具合が激しいが?」
と、静かにマガミは振り返り彼の顔を見る。
『その言葉は認めない』
そう彼女の顔に書かれていたような気がした。
「巫女様~? 素直にどっちが嫌いかはっきりとっ」
コツンと飛んで来た小石がマガミの額に当たって落ちた。
威嚇する彼女……レシアの態度ははっきりと伝わった。
「へ~」
スッと目を細め、自分の胸を抱くかのように腕を組んだマガミは、ベッドの端で身を潜める巫女を見つめる。
完全にその場から動く様子は無い。
軽く後ろに下がってマガミは分かりやすい動きを見せた。
「うなぁ~っ! あぁ~っ!」
ミキに抱き付いたマガミに、レシアがベッドの上に登って激怒する。
完全に猫と化している相棒を見て……ミキは深く深くため息を吐いた。
「お前……レシアに何をした?」
自分に抱き付く女性は、その問いを受けるや全力で顔を背ける。
その様子を見ていたレシアは、激しくベッドの上で暴れた。
「どう見ても尋常じゃ無いだろう? 人が猫になってるぞ?」
「あの子は……元々猫っぽいし……」
「ぽいじゃなくて今は猫だな」
『はぁ~』と何故か諦めた様子でマガミは顔を上げる。
「全身を隈なく舐めただけよ?」
「うなぁ~っ!」
それだけじゃ無いと言わんがばかりにレシアが暴れる。
「それと?」
静かに促されて……マガミは遠くを見つめた。
「舐め尽したのよ。全部……一滴も残らず全て」
「どこの何をと聞いたら、レシアが暴れそうだから聞かないでおく」
頬を紅くして遠くを見つめるマガミと、頬を紅くして太ももを擦り合わせるレシアの様子で全て理解した。
理解して……ミキは脱力感に襲われた。
「疲れたから寝る。飯が出来たら起こしてくれ」
ベッドまで歩き、その上に居るレシアを抱きしめて横になる。
何やら不満染みた声が聞こえて来たが、ミキは気にせず目を閉じた。
「それであの化け物に勝つ方法は見つかったの?」
「ん? ああ……無理だな」
「えっ?」
「だから無理だ」
何かしらの獣の丸焼きを千切って分けるマガミの手が止まる。
ミキの隣で待っていたレシアが警戒しながら千切られた肉を奪っていく。
食い意地の張った巫女の行いは無視しておいて良い。
どうせ……と言うか、すぐさま彼の拳骨が彼女の頭に振り下ろされた。
部屋の真ん中で車座となり、ミキたちは遅い食事を摂っていた。
「俺がミツと正面から戦って勝つ方法は無いな」
「絶対?」
「ああ。絶対だ」
「そんなに?」
「実力や経験とか言う差じゃない。これはもう生まれ持った資質の差だ」
骨付き肉を綺麗に分けると、何故か隣に座る彼女に骨ごと奪われる。
様子を見ていると、肉を食べてから骨に付いている部分も食べ出す。拳骨を落とし彼は言葉を続けた。
「うちの義父やミツなどは、生まれる前から才能を持っていたとしか言えない。どんなに頑張っても正面から勝つ方法なんて思いもつかないよ」
「そうなのね……」
解体を終えたマガミはペロッと指の油を舐め取ると、何の反動も無しに座った状態から立ち上がった。
「それだと貴方が選べるのは……戦って死ぬか、戦わないで逃げるかのどちらかでしょうね」
「……」
「で、どうするの?」
確認と言いたげに掛けられる声。
「決まっている。戦うさ」
本当に決まっていると言いたげな返事にマガミは呆れた。
「負ければ死ぬのに?」
「なら負けなければ良い」
「……勝てないんでしょう?」
「ああ。勝てないな」
おかしな返事だった。勝てないのに負けない……つまりそれは、
「最初から引き分け狙い?」
「否。勝てないと分かっているから、最初に『殺さないでくれ』と頼むだけだが?」
あっけらかんとした答えに、ズルッとマガミの服が肩から外れた。
「にゃ~っ!」
「……今のは」
「ふなぁ~っ!」
「はいはい」
曝け出した片胸をしまい、マガミは張りつめていた空気を無くした彼を見る。
ピリピリとした物が無くなり、物寂しさすら感じるが……ただ彼の奥、深い部分に何とも言えない気配がある。
「なら生き残って頂戴」
「ああ」
全ての食材を提供したマガミは、フラフラと歩き出した。
これからは自分の時間……本来の姿に戻って狩りをしてくるつもりなのだ。
「そうそう。この場所を街の兵士たちが気づいたみたい。今、人を集めているから……数日の内に襲いかかって来るはずよ」
足を止めて振り返った彼女の言葉にミキは驚いた。
「本当か?」
「ええ。うちの子を見張りに置いてるから間違いない」
「そうか」
夕飯を終えたレシアを抱きかかえ、ミキは彼女をべっどまで運ぶ。
「なら明日にでも一勝負するかな」
彼の言葉にマガミは呆れ果てて部屋を出て行った。
残った二人……レシアは彼に手を伸ばし抱き付く。
「どうだ? 足腰は?」
「……まだ変です。中に入ってる感じがします」
抜けたままの腰が戻らないレシアは自力で歩けなくなっていた。
でも彼女は気にせず、抱き付いた彼に頬ずりをする。
「今夜も一緒に寝て下さいね」
「分かったよ」
甘えて来る彼女を抱きしめ、ミキはベッドに横になった。
(C) 甲斐八雲
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