其の拾玖

「それで兄さん? 昨日は何してたんです?」


 不機嫌そうに棒に寄りかかる相手に、ミキは軽く肩を回す。


「殴られ過ぎと疲労から休みにしたが……問題でも?」

「何も問題なんてありません。ええありませんよって」


 ギラリとした物騒な目が何かあったと言いたげにも見える。


 事実昨日のミキはずっと寝ていた。

 ここ最近……たぶんこの摩訶不思議な場所に来てから初めてと言っても良いほどに心穏やかに眠れたのだ。

 ただし寝込みを急襲されて大変な目には遭ったが。


 連れ去られたレシアは無事だろうか?


 あの狼がレシアを傷つけるとは考えられないが。


 気持ちを穏やかにしてミキは相手を見つめる。


 真っ直ぐ立って棒を担いだゴンは、ヘラヘラとしながらも隙は無い。

 どこから打ち込んでもこちらが攻撃を喰らうのは間違いない。

 それでも打ち込み相手の攻撃を誘って反撃……ここ最近の自分の行動を思い出し頭を掻く。


「何してます? いつも通り……どうぞ」

「そう言われて打ち込んで返り討ちに合っていたんだよな」

「ですな」


 カラカラと相手が笑う。

 からかわれていると分かっているが、相手との力量を見比べれば仕方ない。


 手にしてい袋竹刀を腰に差し、ミキは腰の後ろに差して来た十手を抜いた。

 ずっと刀で戦うことばかり考えていたが、相手は刀を持った義父とも戦った相手だ。


 両手で十手を握る若造を睨み、ゴンは普段通りに軽く口を開く。


「剣術家たる者、腰の物を使わないでどうします?」

「……」


 ずっと相手に、毎日殴られながら言われてきた言葉だ。

『剣術家が刀を捨ててどうします?』『剣術家なら正々堂々やらな~』などなど、今にして思えば何故相手はその言葉にこだわったのか?


「なあ?」

「何でしょ?」

「武蔵は……剣術家だったか?」


 その問いにゴンは顔を天に向けて笑う。


「古今東西天下無敵の宮本武蔵を捕まえて、何つ~質問します? あの人が剣術家じゃ無かったら何だって言うんです?」

「そうだな……」


 問われて悩む。だが最もしっくりくる言葉があった。


「負けず嫌いの武芸者だっ!」


 爪先で石を蹴り上げミキは踏み込んだ。

 咄嗟に飛んで来た石を棒の先端で叩き、ゴンもまた踏み込む。


 棒の間合いは千差万別。何処でも持てる分、どこからでも使える。

 突く。払う。叩く。などなど……『斬る』以外の大半をこなす万能の武器だ。

 対する十手も限りなく万能に近い。こちらも『斬る』は無いが後はある。


 両者の違いは圧倒的な間合いだけ。


 いくら待つ場所を変えられても棒には近接では無理がある。

 しかし距離を開かれれば十手は届かない。


 互いにギリギリの間合いで攻防を繰り広げる。


「何やっ! 兄さんっ! 休んで……弱くなりましたなっ!」

「かもな」


 体重を乗せた両手での上段打ち降ろしを、ミキは十手を交差させ受ける。

 と、直ぐに相手の蹴りが飛んで来て……その蹴りの動きに乗って後方へと逃れる。


「ほんま弱くなりましたわ……おかげでこっちも本気を出さな~いけませんな」

「そのまま出さなくても良いんだけどな?」

「無理言わんといてな……出し惜しみしてたらこっちが危ないわ」


 言葉の通り、ゴンの動きが変わる。


 今までの攻撃が遊びだったのかと思うほどに、より強くより鋭く……彼の棒が襲いかかる。

 だがミキはその攻撃を必死に凌ぐ。攻撃することを捨ててただただ十手で受けるのみだ。


「打って来たらどうです?」

「止めとくよ。まだ怖い」

「なに言ってます? 痛い怖いは剣術家の禁句ですよって」


 ブンブンと棒を振り回し攻撃して来る彼の間合いから逃れ、ミキはただ自分の体の前で十手を構えて待つ。

 その様子にゴンは鼻を鳴らして笑った。


「何です? その引けた腰は?」

「……怖いからな」

「一昨日までの兄さんなら、怖くても腰を伸ばして打ち込んで来ましたよ?」


 言われて気付いた。

 つまり自分がどれ程無茶をして袋竹刀を振るっていたのかを。


「嫌になるな。俺はどれほど弱かったんだ?」

「いえいえ。一昨日までの兄さんは強かったですよ?」

「……見た目だけだろ?」


 返事は無い。

 ただヘラヘラと笑う相手にミキは殺意すら覚える。


 自分はどれほど自分を偽り無理をして来たのか?


 強敵を前に緊張して怖がる体に鞭を打って無理やり動かしていた結果、本来の動きなど出来る訳が無い。


 今は違う。相手が怖い。何より自分が弱いと理解している。

 だからこそ必死だ。使える物は何でも使う。使えるのなら矢でも鉄砲でもだ。


 相対している若者が、チラチラと足元を見ては使える物を探す様子に……ゴンは苦笑した。

 姿形は違えどもやはり武蔵の養子むすこだ。


「何か武蔵に似て来ましたな」

「冗談は止めてくれ。あんな化け物」

「いえいえ。剣の腕やのうて、戦い方がです」

「……」


 はっきり言えば遠回りで馬鹿にされた気がした。

 義父の強さは知っているが、その勝ち方が……人には言えない物も含まれている。


 その言えない方を指摘された気がして、とりあえずミキは腹いせに足元の石を相手に蹴ることとした。


「それが武蔵っぽい言うてるんです」


 石の対処で接敵を許した若造に、蹴りと頭突きを繰り出しゴンが笑う。


「武芸者ならこっちが正しいんですけど、ね」




(C) 甲斐八雲

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