其の拾漆
「どうして言ってくれなかったんですか?」
「言って信じて貰えるようなことじゃ無いから」
「嘘です」
「……」
流石に人とは違う物を見通すシャーマンだ。
深く息を吐いてミキは綴る言葉に悩む。
レシアは顔を上げて彼の目を見つめる。
咄嗟にミキは視線をずらした。
「見せないんですね?」
「……見られたくない物が多いんだ」
「異なる世界のことですか?」
「そうだな」
ガツッとレシアが彼の胸に頭突きを加える。
嘘だと見抜いた攻撃の割には結構本気だった。
「それもあるが、お前に見せたく無い物もある。それは本当だ」
「ならミキが死んだって本当なんですか?」
「……ああ」
グリグリと彼女は額を押し付けて来るだけだ。
甘えた様子で……ただグリグリと。
「ここでは無い世界なんですね」
「そうらしい」
と、レシアの動きが止まった。
恐る恐る顔を上げた彼女は、少し首を傾げて彼を見る。
「ところでミキ。『異なる世界』って何ですか?」
「……」
「いらい。いらいれる。みふぃ」
その両の頬を彼に抓まれたレシアは、激痛の余り本気で涙した。
世界の概念はミキにも良く分からなかったが、たぶん『場所』のことだろうと思い言葉を続ける。
自分がこの場所とは違う場所に居たこと。
そこでは化け物のように強い義父が居て、そんな彼に鍛えられたこと。
前に出会ったクベーは元の世界で家臣……部下だったこと。
そしてゴンやミツ、ガンリューなどもあちらの場所からやって来たことなどだ。
両頬を紅くした彼女にせがまれて説明できる限りは説明した。
「ならミキはどうして死んだのですか?」
素朴な疑問だったのだろう。
だがその答えをミキは準備していなかった。
いや違う。
昨夜までなら言えたはずだ。
ミツの指摘さえ受けていなければ。
「……腹を斬った」
「お腹を?」
「ああ」
苦し気に事実を伝えることが精一杯だった。
自分は間違ったことをしていないはずだった。
なのに……何故か、胸が苦しくて息苦しくなるのだ。
相手の言葉に疑問を抱いたレシアが口を開く。
「斬られたんじゃなくて……斬ったのですか?」
何気ない質問の言葉が辛い。
傷口に塩を塗られるほどに辛い。
「そうだ」
「ならミキは……」
「自分で腹を斬って死んだ」
それが事実だ。それが全てだ。
確かに名誉なことだった。そう思いどこか浮かれてあの場に臨んでいた。
だが実際はどうだ?
自分が死んだあと……一体何が起きた?
幸は後を追って自害し、宮田もまた同じだ。
宮本の家は、弟が継いだはずの家は……伊織と言う者が継いでいた。
自分が切腹をして何が変わった?
何も変わってなどいない。
ただ武蔵の養子が主君に殉じて死んだだけだ。
ただそれだけだ。
「ああ……」
「ミキ?」
レシアを抱きしめ、ミキは胸の奥に詰まる気持ちに気づいた。
自分はいつしか……腹を斬ったことを後悔していたのだ。
そうだ。だからあの時自分は……それを思い出し、ミキは腕の中の存在を抱きしめる。
未練だらけだった。
剣の腕もまだまだで、何より本当は失いたくない"人"が居た。居たのだ。
泣きそうな自分が居たがミキは気にしなかった。
自分はこんなにも弱い存在だと気付いたからだ。
だから強い振りをした。義父のように立ち振る舞った。
周りがたまたま弱かったからそれが出来ただけのことだった。
「ミキ。痛いです」
「ごめん。ごめん……」
「……我慢します」
出来る範囲で自分の腕を回してレシアは彼を抱きしめた。
レシアは知っていた。そして信じていた。彼が本当に"強い人"だと。
でもこうして弱くなることもある。
自分だって母親と出会った時……あんなにも寂しくなったのだから。
あの時は彼がこうして抱き締めてくれた。なら次は自分の番だ。
「大丈夫ですミキ。私はここに居ます」
「……そうだな」
「はい」
「ならレシア」
「はい?」
腕の力が弱まり解放されたレシアは相手の顔を見る。
まだ頬に涙が流れている彼は、どこか雰囲気が今までと違った。
「俺と約束してくれ」
「……はい」
躊躇いはあったがレシアは迷わなかった。
「俺は自分が死んだことで大切な人を失った。それが今でも怖いんだ。だから……お前は俺が死んでも笑って生きろ。そう約束してくれ」
「ん~」
軽く首を傾げる。しばし考えてレシアは答えを見つけた。
「笑うのは無理です。きっと泣いちゃいます」
レシア的には何一つ間違えていない。
大切な人が死んだら自分は間違いなく嘆き悲しむはずだ。
だが彼は心底呆れた表情を見せる。
「俺の言葉が悪かった様だな。なら俺が死んでも死ぬな……でどうだ?」
「分かりました。約束します」
満面の笑みでレシアは応じる。
「でももし逆になったら、ミキも死んじゃダメですよ?」
「……分かった。誓おう」
顔を近づけてレシアは彼の唇に封をした。
「ならもしミキが私よりも先に死んだら、私が寂しくならないように毎日鎮魂の舞を披露しますからね」
「それは良いな」
「はい」
ギュッとたま抱き締められたレシアは、彼の動きに応じて立ち上がった。
そしてそのままベッドに運ばれて押し倒された。
ドクンドクンと自然とレシアの胸の奥が騒ぎ出す。
何が起きるのか分からないのに……頬が熱くなって焼けてしまいそうなのだ。
「ミキ? 何か私、変です」
「大丈夫だ。気にするな」
「でもでも……ミキ? 何をする気ですか?」
相手の様子も普段と違う。
肉食獣の様な気配を発する彼に、レシアは体の芯が痺れるのを感じた。
「あの~ミキ? あれ? ちょっと……あっ」
(C) 甲斐八雲
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