其の拾肆

「何です? 懲りずにまた殴られに来たんですか?」

「そう言うことだ」

「殴られるのを否定しないんですか……」


 呆れつつ木の棒に寄りかかる様にして立つゴンは、正面の包帯だらけの青年の後ろへと視線を向ける。

 まるで呪いでも掛けているようなほど険しい視線を向けて来る愛らしい少女と、その隣に立つ妖艶の女性は……微笑んでいる割には少女以上に恐ろしい視線を向けて来る。


「兄さんがモテるのは良いんですが……何や俺っちがえらい罪人扱いですな」

「気にするな。弱い俺が悪いだけだ」

「そりゃこんな視線に晒されない兄さんは良いでしょうけどね~」


 言われて振り返ったミキは、澄んだ笑顔を見せるレシアと微笑んでいるマガミの顔を見た。

 特におかしな部分は見えない。そのはずだ。


「普通だが?」

「……女がやっぱり恐ろしい生き物だと理解しましたわ」


 また恐ろしい視線を向けて来る女性陣の視線から逃れるように棒を持ち直し構えた。

 と、ヘラっとした様子で構えを解いた。


「忘れとったわ。そこにウチの大将の所から盗ん……借りて来た袋竹刀があるさかい、今日からそれを使ってな」

「意味は?」

「その刀で受けられるとこれが削れてしまいます。手入れするのも面倒なんで。兄さんが一方的に殴られるんなら構いませんけど?」

「……分かった」


 あながち冗談にも聞こえない言葉にミキは素直に従う。

 増々女性陣の視線が厳しくなったが、ゴンは気にする素振りも見せずに棒を構え直した。


「ほな……今日も憂さ晴らしと参りましょうか?」




「ミキ~」

「生きてるぞ」

「そうじゃなくてですね」


 続ける言葉が見つけられず、レシアは彼の尻に手を伸ばして不満を抓ることで紛らわせる。


 マガミに背負われ運ばれる彼は今日もこれでもかと殴られた。

 ボロボロになるまで殴られ、動かなくなったら終わる。


『付いて来るのは良いが止めるな』と"約束"をしていなければ、レシアは最初の数回で飛び出していたかもしれない。否、途中から約束自体忘れ飛び出そうとしていた。

 実行されなかったのはマガミが羽交い絞めにしていたからだ。


「とりあえず服を脱がして……どうせ明日もするだろうから洗って汚れたのを着せた方が良いわね。洗濯は苦手だから水汲みして来るわ」


 部屋に運び入れ床にミキを寝かせると、マガミは木桶を持って出て行った。


 すっかり懐かれたと言うか、普通に居る存在と化しているが……レシアは気にせず彼の服を脱がせる。

 また痣が増えていた。痛々しいほどの状態を見つめレシアは息を詰まらせる。

 今日生じた痣の一つ一つを指で押す。


「痛いぞ」

「ミキが悪いんです」

「……そうだな」


 反論する言葉が出て来ず、彼は素直に自分の愚かさを認めた。


 連日でこんなにもボロボロになるとはいつ以来だろうか?


 この摩訶不思議な場所に来てからは無い。ならば前の場所でだ。

 小姓として城に上がる前の期間は、兄弟子たちにボコボコにされた記憶がある。

 あの武蔵の子なのだからと、強くあろうと挑み続けては返り討ちに合った。


 いつからか自分の実力を知り鍛練の日々が続いた。


 気づけば稽古の相手は兄弟子たちから義父へと変わっていた。

 楽しそうに、でもどこか物足らなさそうに、血反吐を吐くほど打ちのめされた。その後義父は妻に叩かれていたが。


 いつの間にかに戻って来ていたマガミから木桶を受け取ったレシアが、布で体を拭いてくれる。

 全身打ち身だらけだが骨折などは無い。つまり相手がまだ加減をしてくれている証拠でしかない。


「俺は本当に弱いな」

「そんなこと無いです。ミキは」

「弱いんだよ」

「……」


 痺れる手で彼女の頭を撫でてやる。


「少しマガミと二人にしてくれないか。話したいことがある」

「……はい」


 チュッと頬にキスをしてレシアはミキを横たえるとその場から離れた。




「あら? 可愛い子よりやっぱりお姉さんの方が良い?」


 出て行ったレシアを見送りマガミはミキの横に座る。

 その体を楽々引き寄せると、体に残る痣を指先でなぞる。


「お前も生娘だろう?」

「……あら気づいてた」


 クスクスと笑い彼女はレシアがキスした頬を舐める。

 巫女と彼の味が混ざった……極上の何かを舌で感じる。


「でも周りの女衆から生々しい話をいっぱい聞いて育っているから、自分的にはもう経験済みみたいな感じなのよね」


 笑い彼の股間へと手を伸ばすが、ガシッと掴まれ防がれた。


「あら残念。こっちじゃないのね?」

「当たり前だ」

「そう」


 布に手を伸ばしマガミは痣を拭く。


「それで?」

「夢想権之助に巌流小次郎。それに鎖鎌の……余りにも義父に関係する者が多過ぎる。どう言うことだ?」

「そう言うことよ」


 彼女は答える気が無いのか言えないのか、素っ気ない返事を返し体を拭く。

 その様子から何かを察し、ミキは質問を変えることにした。


「ならまだ義父と関係をもった者が居ると思っても良いんだな?」

「さあ? たぶん私が言わなくても分かることになるわ」

「そう言うことか」

「そう言うことよ」


 ならと覚悟を決め、ミキは一番聞きたかった質問をした。


「俺がレシアと出会ったのは偶然か?」




(C) 甲斐八雲

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