其の拾壱
「そうか。今の俺では相応しくないか」
「嫌ですっ! ミキと一緒じゃなきゃ嫌ですっ!」
彼の呟きに反応したのはレシアだった。
狼は分かっていた。その言葉が聞こえて来るであろうことを。
だから身構え、そして反応したのだ。
「ミキと一緒じゃないならどこにも行きません! ……そうだミキ。もう海は見たんですから東に戻りましょう。ここに居たらダメです。だから早く」
急ぎ立ち上がろうとする彼女をミキは制した。
強い力で引き戻されるレシアは、その目からボロボロと涙を溢す。
「嫌です! 私はミキが良いんです! ミキ以外の人と一緒に旅なんてしたくないです!」
「別にしなくても良いわよ」
「……はい?」
突然の言葉にレシアの動きが止まった。
「旅は貴女たちが勝手にしてることでしょ? 別にそれを止める気は無いの。ただ問題は全てにおいて貴女の身の安全だけなのよ。それを守ることの出来る人材が傍に居るなら、旅しようが何しようが好きになさい」
「……ミキと一緒に居ても?」
「ええ。ただし貴女の身も護れない人は、自分から遠くに消えてしまうでしょうけどね」
「……」
ギュッと抱き付きレシアがもう離れないと意思表示する。
その強すぎる抱擁に右腕を引き抜いたミキは、迷うことなく彼女の脳天に手刀を振り下ろした。
「何で~っ!」
「熱いし苦しいわ」
「私もですっ!」
もう一度手刀を叩き込んで強引に拘束を解いた。
立ち上がったミキは、涙目で頭を抱えるレシアを告げる。
「ナナイロが荷物を飲み込んでいるから吐かせろ」
「……ミキは何を?」
嫌そうに頭を掻こうとしてコブに触れた彼は顔をしかめる。
自分の弱さを痛感したからこそ、下手に格好つける必要は無いと悟った。
「相応しくないなら、相応しくなるよう努力するだけだ」
「……」
「行ってミツとやらに修行を付けて貰う。それだけだ」
それしかない。
だからミキは足を動かし部屋を出た。
と、戻った。
「アイツは何処に居る?」
道案内に応じたのは狼だった。
前回と違い今回は薄い物であるが衣服を身に纏っている。
「ようやく服を着たか?」
「あら? 脱いだ方が良いなら直ぐに脱ぐわ」
「そのまま着ていろ」
「分かっているわよ」
手を腰の後ろで組み、軽い足取りで歩く彼女はミキの前に出た。
「全く……貴方といい、ミツといい、人の男が好きそうな私の肌を見て襲いかかって来ないとか病気よ」
「アイツは知らんが俺は獣とやる趣味は無い」
「ミツと同じことを言うのね。それと」
細まった目に冷ややかな気配が宿る。
「次に私を"獣"扱いしたら、その首を食い千切るわよ」
十分に獣らしい脅迫にミキは肩を竦めるにとどめた。
「それで前にした約束……忘れて無いわよね?」
「約束?」
「次に会ったら名前をくれるってヤツよ」
レシアの定位置である左腕に抱き付こうとした相手から逃れる。
その様子を見てクスクス笑った女性は、ミキの前に立って道を塞ぐ。
「忘れていたとか言ったらこの場で押し倒して食らうわよ?」
「それこそけも……まあ良い。考えてはある。気に入るかは知らんが」
「どんな名前?」
問われミキは今一度相手を見た。
色々な部分は目を瞑ったとして、その神々しいまでの気品と佇まいはさながら、
「
「マ……ガミ?」
「そうだ」
何度か自分の口で呟いた女性は大きく頷いた。
「気に入ったわ。それでどうな意味があるの?」
「ああ。俺たちの国では狼を神として崇めている地方がある。そして崇める狼を『真神』と呼ぶそうだ」
「神様なの?」
「嫌か?」
フルフルと頭を振った彼女……マガミは、彼の背後を見つめてからクスクス笑うと数歩足を進めた。
「この私を神と呼ぶんだ。悪く無いわ」
「離れろ」
正面から抱き付いて来た女性を振り払おうとしたが、一瞬早く彼女の唇がミキの物に触れ合わさった。
「にゃぁぁぁぁああああ~っ!」
隠れてつけて来ていたレシアが、自分の目に飛び込んで来た事柄に耐えられなくなり声を上げる。
『この~っ!』と叫んで自分の大切な人にちょっかいを出す相手に突撃して行った。
「あら? 大切な恋人に頼まれた仕事をほったらかしにして後を付けて来るのが悪いのよ」
「こ、こにょ~っ!」
ブンブンと両手を振り回して突撃して来るレシアをひらりと交わして背後から抱きしめたマガミは、彼女の首筋を……ミキが作ったキスマークの上に唇を押し付けて吸う。
「ふにゃにゃにゃにゃ~」
ジタバタと暴れるレシアを抱きしめて舐めるマガミは嬉しそうだ。
「遊んでないで案内をして欲しいんだがな」
「なら俺っちがしましょか?」
不意に沸いて出て来た男にミキは静かに視線を向ける。
『夢想権之助』
義父である武蔵が戦ったことのある人物だ。
宮本家に養子となる前の話で、ミキはその時のことを詳しく知らないが。
「あはは~。そんな怖い目で見んといてや。どうせミツさんの所に行く気なんでしょ? そんな旦那がこう言ってます。『次は手を抜かぬ。顔を合わせる時は殺される気で来い』ってな。いや~あの目は本気でした。で、旦那の所に案内すれば宜しいんでしょうか?」
軽い軽い口調の割には内容が重すぎた。
レシアとマガミは黙ってミキの腕を掴み動きを制した。
(C) 甲斐八雲
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます