其の肆

 マルトーロ南西部『タルントーム』


 西の果てと言う意味の名を持つ街に向かい二人は徒歩で向かっていた。

 彼女……あの狼が言った言葉を信じればここで間違っていないはずだ。


 ミキは自分の荷物を最小限にし、代わりにレシアの荷物を増やす。

 重い荷物で自由に行動できない彼女は不満げだが、いつもは見せない彼の真剣な様子に文句は言わない。


 そして二人は……小さな村に入った。




「いやっ! 止めてくださいっっ!」

「良いじゃねえかよ」

「いやっ!」


 男が三人、町娘風の少女に手を伸ばしていた。


 少しでも治安が悪ければ良く見る光景だ。ごく普通のありきたりな光景……だがいつ助けに飛び出すか判断を曇らせていた村人は、その後の光景を始めて見た。

 空から七色の大きな……馬よりも大きな球体が落っこちて来たのだ。


「「「うおっ!」」」


 地面に出来た丸い影によりそれに気づいた男たちは、咄嗟に手を天へと向けて落下してくるものを受け止める。

 地面に転がる格好となっていた少女は、圧倒されて身を竦める。


「誰だっ! こんなことをしたのはっ! 潰れちまうじゃねえかっ!」

「……なら黙って押し潰されていれば良かったのにな」

「あん?」


 その声に男の一人が泡を吹いて蹲る。

 残った二人は顔面蒼白で頭上の球体を支えた。


「手を放しても大丈夫だぞ?」

「何を言って」

「それは鳥だ。実は飛んでいる」

「……」


 突然現れた若者の声に、男が一人球体から手を離そうとして地面に蹲った。


「重いじゃねえかっ!」

「ああ。誰も『軽い』とは一言も言っていない」

「このっ!」


 顔面を真っ赤にさせ頭上の球体を掲げたまま振り返った男は、背後に居た青年の姿を確認した。


 若い男だ。


 その青年は握り締めた黒い棒を振りかざす。

 迷うことなく球体を掲げる男の股間を痛打し……全員が股間を押さえ蹲る事態になった。


 ただ必死に小さな羽をパタパタと動かしていた球体が、疲れたのか動きを止めて自然落下する。

 男たちに絡まれていた村娘は、不意に現れた女性によって球体の下から脱出していた。


「「「うがっ!」」」


 人が潰される様子をミキは静かに眺めた。




「良いかっ! 俺たちにこんなことをしたらなぁっ! ……いや待て。待って下さい。話せばっ」


 勢い良く喋っていた男の声が途切れた。

 各々棒切れを持った村の男たちに囲まれ集団で袋叩きに遭っている。

 自業自得だからミキは目も向けない。

 代わりに視線を動かすと、レシアが村娘の両親らしき者たちにペコペコと頭を下げられて困っている。


 そんな彼女の周りには、村の子供たちが集まり各々手にして枝でレシアの頭上で座る球体を突いている。

 男たちを圧死寸前まで追い込んだ鳥は、馬ほどの大きさのままでレシアの頭上に居る。


「はわわわ……もう大丈夫です。平気です。あ~も~ミキ~」


 感謝されることに慣れていない彼女は、恥ずかしさが募ってとうとう逃げ出した。

 頭の上の大きなのをバインバインと揺らしながら走って来る。


「寄るな」

「酷いですっ!」


 駆け寄って来た彼女……球体に、ミキは拳を打ちこみ接近を封じる。


 しばらく両手をバタバタさせていた彼女は、頭上に手を回しポンポンと球体を叩いた。

 シュッと音も立てずに縮んだ球体に、枝で突いていた子供たちが驚いて逃げ出す。拳を打ちこんでいたミキも突然支えを失い、レシアに向かい突っ込む形になった。


「えへへ。ミキが抱き付いて来ました」

「……まあ良いが」


 体勢を整えると、彼女は嬉しそうにまた抱き付く。

 頭上の球体はいつもの大きさとなり静かに座っていた。


「大概いい加減な生き物だと思っていたが……」

「ですね」


 村娘が言い寄られているのを見た瞬間、ミキは咄嗟に球体を掴んで投げた。

 少しでも相手の気を引けば良いと思っての行動だったが……やはりこの鳥は何かが変なのだろう。


「何なんだろうな? その球体」

「ん~」


 本来なら一泊するはずだった村を恥ずかしさから通り抜けることにし、ミキとレシアは手を振って来る子供たちに軽く手を振り返し歩みを続ける。


「いつだったか狼さんが何か言ってましたよね? 蛇がどうとか」

「言ってたな」


 確か今後必要になるとか何とか言って、もし何かあったら取りに戻るようだったとか言われた記憶がある。


 軽く頭を掻いてミキは肩を竦めた。


「俺……あの女、苦手なんだよな」

「ですね」


 全身を舐め回された経験を持つレシアは両手を握り締めて彼の言葉を肯定する。

 決して悪い人では無く、纏っている空気も良い色をしているのだが……それでも好き嫌いは存在する。


「出来たらもう二度と会いたくないんだけどな」

「でも会いに来ますよね?」


 思い出してレシアは彼の腕に抱き付いた。

『弱いままなら殺す』と言われている彼の身を案じたのだ。


「ミキが強くならないと……」

「心配するな。どうにかする」

「本当ですか?」

「ああ。死にたくは無いからな」


 などと答えながらミキは相手の頭を撫でる。

 目を細め甘える彼女を見つめミキは思う。


 死ぬことなど怖くは無い。ただ……彼女を失うことこそが一番怖いのだ。


「レシア」

「はい?」

「……何でもない」

「?」


 またポンポンと頭を撫でて、ミキはまっすぐ前を見た。

 向かう先に……強者が居る。今はそれに勝つことが重要なのだ。




(C) 甲斐八雲

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