其の参

「次は絶対にあの子です~」


 ミキはキャンキャンと子犬のように騒ぐレシアを押さえつけ、彼女が選んだのとは違う馬を買う。


「どうしてですかぁ~」


 今にも泣き出しそうな表情で不満を見せる彼女を尻目に、"確り"と負けて散財する。


「お~お~。お前のまぐれも続くんだな」

「うにゃ~っ!」


 癇癪を起す相手に軽く笑いかけ、ミキはその頭を撫でてやりながら……そっと彼女を抱き寄せた。


「次は三番くらいになる馬を指させ」

「ふぇ?」

「言われた通りにしたら、今夜は抱きしめて寝てやる」

「……」


 その目を輝かせレシアは次の試合で走る馬を見る。

 一番良さそうに見える馬は、背中に乗ってる騎手が鞭ばかり打つのでやる気が無い。勝つ気も無い。


「あの子です」

「そうか。ならこの金で札を買ってこい」

「は~い」


 小袋に詰めた金を渡すと彼女は人込みに消える。

 釣られる様にして数人の男たちも動き発券場に向かう。

 勝ち過ぎるとこの様なことが起こるのは経験則から理解していた。


 クスッと笑い、ミキはぼんやりと視線を馬に向ける。


 使っているモノが人では無く馬なだけで、今居る場所は闘技場と大差ない。北部は闘技場より遠距離走の方が人気があるらしく、大規模な興行を行う闘技場も存在していない。

 やっても街はずれで木の柵で範囲を決めて戦わせる程度の見世物でしかない。


(闘技場を懐かしむとは……俺も大概だな)


 苦笑いで締めて、戻って来た彼女が背後から抱き付いて来るのを甘んじる。


「ミキミキミキ」

「ん?」

「あの子、勝たないですよ?」

「それで良い」

「はい?」


 背後から横に来て腕に抱き付き甘える彼女の頭を撫でる。


「お前が余りにも勝ち馬を指さすものだから、こっちの様子を伺ってる男たちが居ただろう?」

「居ますね」

「俺がわざと負けてもお前が指さすからな……そんなのが何度も続けば変な騒ぎになる」

「騒ぎですか?」

「そうだよ。だから賭け事はほどほどで終わらないとダメなんだ。勝ち過ぎると恨まれる」


 何か不正でもしているのではと勘繰られ、因縁をつけられるのをミキは嫌った。


 別に相手が襲って来るのなら返り討ちにすれば良いが、それが酔っ払いなどだったら始末に負えない。

 刃向かって来たとしても普通の人を斬る趣味は彼には無かった。


「ん~。なら次からは勝たない馬を選べばいいんですか?」

「全部負ける必要も無いだろう。最後に勝って終われば良いな」

「なら残り三回ですよね? 二回外して最後に当てますね」


 普通に聞けばふざけた話だが、レシアはそれを平然とする。

 走る馬から話を聞いている分、卑怯とも言えなくも無いが。


 甘えて来る彼女の相手をしているうちに競争が始まり……彼女が買った馬は、確りと三番手で戻って来た。




「美味しい料理も今日までですね」

「道中はそんな手の込んだ物は作れないしな」

「ですね」


 机の上に並んだ料理は、量より質を重んじた物ばかりだ。


 今日は結局大きく勝ってしまったが……途中連敗したのでこちらを見る目は最後には潰えていた。

『何だ偶然かよ』などの呟きが聞こえた時はらしくないほどミキも安堵を覚えた。

 それで最後で勝ちを収め、本日の観光を終えた。


「マルトーロは平和だが見る場所が少ないよな」

「ですね。北部自体少ない気がします」

「言われるとそうか。でも南部もそんなに多くは無いな」

「そうなんですか?」


 羊肉と戦いながらレシアが興味に満ちた目を彼に向ける。


「有名なのは"オアシス"と"砂に飲まれる都"かな。後は現地に行けば何かあるかもしれないが」

「ん~。どれもピンと来ないですね」


 羊肉が乗った皿を押し付け、ミキが綺麗に切り分けた肉の皿を奪っていく。

 いつものことなので怒ることもせず、彼はまた羊肉にナイフを差し込む。


「あととにかく暑いらしい」

「うにゃ~ん。暑いのは嫌いです」

「諦めろ」


 疲れた様子で切り分けた肉を口に運ぶ彼女は本当に嫌そうだ。


「ああ。あと南部の名物があったな」

「名物?」

「とにかく踊りが盛んな地らしい」

「っ!」


 目を見開き彼女は目覚める。


「肌も見えてしまいそうな薄い衣を着て踊るとか良く聞いたな。そうだ。確かお前も前にそんな衣装を着ただろう? あの色がどうとか言ってた? あの衣装よりももっと薄いはずだぞ」

「……服は良いです。そんなに踊りが盛んなんですか?」

「ああ。この大陸で一番踊り子が居る場所を聞けば、誰もが『南部』と答えるくらいにな」

「うなぁ~」


 おかしな声を発し、胸の前できつく手を握ったレシアが立ち上がる。

 傍から見てやる気に満ちているのが分かる。


「ミキ」

「どうした?」

「きっと私は南部に行くためにこの旅をして来たのだと思います」

「そうか」

「あ~。本当に楽しみです」

「分かったから飯を食え」


 諭されて着席したレシアは、落ち着きを失った子供のようにはしゃいでいる。

 だがミキはそんな彼女を見て、何とも言えない不安を覚えていた。


『南部に行ったシャーマンは決してその地から出れない』


 誰に聞いた話だったか……直ぐに思い出せないが、その言葉だけは彼の脳裏から決して離れることは無かった。




(C) 甲斐八雲

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