其の伍

「ふわわわわぁ~」

「へ~」


 草原を抜け、ちょっとした丘を登り終えるとその街が見える。

 草のマルトーロ西南の街タルントームだ。


 今まで見て来た大きな天幕の様な建物では無く、見た限り土の様な物で作られている様に感じる。


「ミキミキミキっ!」

「落ち着け。興奮するな」

「でもでもっ!」


 目新しい物を前にしてレシアが黙っているなど不可能だ。

 今にでも走り出しそうな相手の腕を掴み、ミキは興奮状態の彼女を引き寄せる。


「大人しく俺に掴まってろ」

「……は~い」


 その顔に笑顔を浮かべているが、声は悲しげだ。

 無駄に器用なことをする相手に……軽くため息を吐く。


「最近甘えが酷過ぎないか?」

「そうですか?」

「カルンアッツでの優しさは、もう終わりだぞ」

「……む~」

「母親と別れたのが寂しいとか言う言葉も聞き飽きた」

「……も~」

「少しは違う言葉で甘えろ」

「……はい」


 結局甘えることを許してしまうのだから、自分が一番甘いのだと痛感しながらミキたちは街に向かい歩を進めた。




「可愛い姉ちゃん……って待てっ!」

「ああ俺たちか」


 街に入り宿を決めてから観光でもと思っていた彼らに、どの街にも居る馬鹿共が声を掛けて来た。


「ミキ~。どこか久しぶりです」

「だな。北部に来てからは初めてか?」

「ん~。逆に貴重に思えてきました」


 などと言いながら離れて行こうとする二人に、声を掛けた男はハッと我に返り慌てた。


「だからちょっと待てっ! 聞けっ! 俺の話をっ!」

「ああ済まん」


 もう手早く済ませたい雰囲気を漂わせる相手に声を掛けた男の方が尻込みする。

『もしかして大物なのか?』と不安になるが、顔を振って弱気を追い出した。


「可愛い姉ちゃん連れてるな」

「見た目だけだ。中身は幼稚で、人の三倍飯を喰らうぞ?」

「ミキ~? ちょ~っとあっちで色々と話しませんか?」

「事実だから何を話しても無駄だろう?」

「このっこのっこのっ」


 暴れるレシアを宥めながら、ミキたちはまた歩いて行こうとする。

 流石に馬鹿にされていることに気づいた男は、ミキに向かって駆け寄り握り締めた拳を解き放った。


 空が一回転して……地面を転がった。


 偶然その様子を見ていた者たちも何が起きたのか理解できない早業。

 ミキが相手の拳を片手で受けながらその勢いで流し、レシアも軽く足を出して男を躓かせた。

 結果として男は自分の力で勝手に吹き飛び地面を転がることになったのだ。


 自分のみに何が起きたのか理解できない男は茫然自失の状態で空を見上げる。


「そんな所で寝ていると馬に轢かれるぞ?」

「ですよ~」


 この程度の荒事など……二人にとっては何でもないことだった。

 自然過ぎたから気にもしない。

 その様子を食い入る様に見つめる男の存在なども気にしなかった。




「あ~」

「ベッドで暴れるな」

「でもでも……この染み込んでいる草の匂いがたまらなく良いんです。日の光をいっぱいに受けている証拠です」

「確かにな。ここ最近は天気が良かったからな」


 徒歩の旅での敵は雨だ。

 熟練した旅人なら違うことを指摘するかもしれないが、二人の旅での最大の敵は雨だった。

 それが北部に入ってからは雨も少なく、たまに降る雨も丁度街や村に居る時などで助かった。


「あ~」

「寝るなよ?」

「寝ないですよ~。ちょっと瞼が重いだけです」


 弛緩した様子でベッドで横になる彼女の元へ行き、ミキは相手の腕を掴んで無理やり起き上がらせる。


「イタタ。もうなんですか?」

「寝るなら身を清めてからにしろ。シャーマン」

「だったらご飯もです」

「飯には少し早いんだよな」

「だから軽く……えいっ!」


 軽く体を翻し、レシアは彼の足を払い共にベッドへ倒れ込む。

 相手の腹に馬乗りして、レシアは最愛の人を見下ろした。


「どうですか」

「何がだ?」

「あっさりとミキを倒しました。この状態なら流石のミキも簡単には……ってどこを見て」


 相手の視線が自分の顔にではなく下の方を見ていることに気づき、レシアも自然と視線を下げた。

 今日の服はどこかワンピースを連想させる作りになっている。よって下半身はスカート状で、その部分の布が捲れ上がり太ももの内側を隠していない。


 つまり彼が見ているのは、


「ミキ。ダメでっ」


 慌てて捲れている布を戻そうとした手を掴まれて転がされた。

 あっさりと形勢が逆転したレシアは、最愛の人を下から見上げた。


「……」

「何か言いたいのなら言っても良いぞ?」

「ミキは卑怯です。あれは酷いです」

「下着を覗かれたぐらいで隙を見せるお前が悪い。違うか?」


 体重をかけないように膝立ちしてくれているのも分かる。

 相手の両手が自分の手を押さえつけているのも分かる。


「うにゃ~っ! どうしてこんな簡単にっ!」


 原因は分かっているのだが、レシア的にはいたたまれない気持ちだった。


「お前は隙が多過ぎるんだ。踊っている時ほどの集中力を見せれば」

「見せれば?」

「……隙が無いから力技でねじ伏せるか。ならどっちに転んでもお前が勝てる見込みは無いな」

「うにゃ~っ!」

「それとレシア?」

「うにゃ?」

「暴れると胸がますますこぼれるぞ?」

「……うなぁ~っ!」


 怒った彼女を宥めている間に、夕飯の時刻になっていた。




(C) 甲斐八雲

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