其の拾壱

「ミキ?」

「ん」

「……何したんですか?」

「ちょっとな」


 いつも通りに鎮魂の舞を踊って貰ったから何をしたのかは彼女も分かっている。

 レシアが問うているのはそう言うことではは無い。


 相手の視線を受け、ミキは自然と視線を逸らす。

 彼女の悪い癖だ。

 聞くことをせずに直接相手の目を見て心を読んでしまう。


 ジタバタと普段の足取りを忘れて、必死に覗き込もうとする彼女の額に手を置いて動きを制する。


「口があるならまずは聞け。言葉を使えるなら尋ねろ」

「……便利な力があるなら使った方が早いですよね?」


 サッと片手を振り上げると、レシアは頭を抱えて逃げ出した。

 正論ではあるが、努力をすることを放棄するのは許せない。


 彼を中心にしてグルッと一回りして来たレシアは、背後からミキの左腕に抱き付いて来た。


「全部で五人居ます」

「二人増えたか」

「……何したんですか?」

「襲って来たから斬り捨てた」


 案の定な答えだったので、レシアはそれ以上追求しない。

 もし追及して難しい話でもされればたまったものではない。


「今のところは襲ってくる感じは無いですけど……あっ! 一人だけ良くないですね」

「そうか。ならしばらくは俺と一緒に居ろ」

「踊りの練習の時も傍に居てくれますか?」

「俺が悪いしな。それにこの街に残っているのは俺の我が儘だ」


 普段なら何も無いこの様な街など、少し贅沢をしたら出ているはずだ。

 今回残っているのは、少なからず自分の都合……そうミキは言い続けていた。


「なら一緒ですからね」


 胸を押し付けるように抱き付いて来た彼女が柔らかく笑う。

 その笑顔を見る度に気持ちが揺らぐ。


(何とも弱い男だな。俺も)


 自嘲気味に胸の中で笑い、ミキは心のモヤモヤをため息として外に吐き出す。


(だがこれは優しさなどでは無いのだな)


 老人に言われた言葉が心に棘の様に刺さっていた。


 自分の行いは優しさなどでは無い。

 相手を傷つけたくは無いと言い聞かせ、相手の悲しむ顔を見たくない自分を守っているだけなのだ。


 弱さ……それを痛感してミキは唇を噛んだ。


(情けないほどに弱い男だな)


 だからこそ自分は死ぬ間際に焦がれ求めたのだ。

 強さを。義父の様な本当の強さを。


 足を止めたミキに驚きレシアも足を止める。

 チラッと相手の顔を覗くと、少し強張った表情に嫌な空気を見た。


「どうかしましたか?」

「……レシア」

「はい?」


 一瞬言葉に詰まりミキは口を閉じる。

 ゆっくりと呼吸をして言うべき言葉を決めた。


「お前を連れて行きたい場所がある」

「はい?」

「ただその場所にお前を連れて行くことを俺は恐れている」

「恐れる? ミキがですか?」

「ああ」


 戸惑った表情を見せるレシアは、クリリとした瞳で相手の目を見ようとする。

 普段なら避けるはずのその目が動かない。

 相手のただならない様子に……レシアの方が視線を逸らした。


「……そこに何があるんですか?」

「もし行くなら、行ってから説明する」

「行ってから?」


 自分の中で不安が募って来る。

 この街に来てからどうしても拭えない感情がそれだ。

 ずっと自分の中に居座って重く重く心に圧し掛かり続けている。

 こんなつらい感情をずっと抱えているのは正直苦しい。

 でも……。


「コケッコー」


 不意に頭の上に止まっている鳥が鳴いた。

 珍しく……ご飯の時以外に感情をあまり見せない鳥が、鳴いて感情を伝えて来た。


「行こうって」

「ん?」

「この子が『行こう』って」


 頭の上に手を伸ばし、レシアはそれを胸に抱く。

 ムギュッと谷間で潰される球体がジタバタ暴れるが……彼女はギュッと抱きしめて覚悟を決めた。


「行きましょうミキ」

「……分かった」


 迷いの無い相手の表情を見て、彼もまた覚悟を決めた。




 行く前に花を買い求め、それをレシアが胸に抱く。

 いまいちピンと来てない彼女は、その花の香りを楽しみながらミキと歩く。


 最近よく来る広場を抜けて人気の無い方へと向かい歩く。

 と、レシアの歩幅が小さくなって歩くのを止めた。


「……ミキ」


 怯え切った様子で微かに震えている彼女は……何かを感じ取ったのだろう。

 そんな彼女に手を伸ばし、ミキはただ相手が掴むのを待つ。


 恐る恐る差し出されてその白くて小さな手を掴み、ミキは彼女を自分の方へと引き寄せる。

 片腕で抱き締めて軽く頭を撫でてやる。


「一緒に行こう」

「……はい」


 フルフルと震える彼女を左腕に抱き付かせ、相手の歩幅でゆっくりと向かう。

 大きな木の下には……何も変わらずそれがあった。


 足を止めてその石の前に彼女を立たせる。

 口を開きかけたその瞬間……レシアが膝を着いてその場に座った。


「あっ……ああっ……」

「レイラさんと言うらしい」

「うっ……」


 口元を抑えその両目から涙を溢れさせる彼女を見て、『言葉は要らないらしい』と知る。

 ミキは地面に転がってしまった花束を拾い上げると……埃を払って石の前に置いた。


「うぅ……あぁっ!」


 完全に泣き崩れた彼女の姿を見つめ、ミキはそっと足を動かす。


 傍に居ると約束した。

 でもその姿を見続けるのは辛すぎる。


 彼女の背後に回ってミキも地面に座る。

 自分の腰を前かがみになっている相手の尻に当てて……ただ空を見続ける。


 彼女の涙が枯れるまで、ただジッと待つことにした。

 本当なら抱きしめて泣き止むまで待った方が良いのだろうが……彼にはそれが出来なかった。

 自分のせいとは言え、周りには"敵"が居る現状では。




(C) 甲斐八雲

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