其の拾

 いつも通りに鍛練を終え、ミキは広場に足を向ける。

 木製の長椅子に腰かけて寝ている老人の姿を見つけた。


 余程寝入っているのか、動き出そうとする気配はない。

 一瞬迷ったが……クスッと笑みを浮かべて長椅子まで歩を進める。


「来いよ」


『本物の剣豪であれば視線だけで相手を制する』そう言ったのはたぶん義父の弟子だろう。

 実際にそんなことなど無理だと……実の義父が言っていた。


 だからミキは、刀の唾に指を掛けいつでも抜けるように身構え相手の出を伺う。

 実力行使の構えだ。


 自分が通り過ぎ様を狙う気でいた相手たちは、待ち構えられると言う想定外に戸惑っていた。

 左右二人ずつの計四人。


「手出しをするな。その老人に用がある」

「悪いな。俺も用があるんだ」

「……引かぬか?」

「引く理由も無い」

「そうか」


 一人だけ場慣れした感のある中年の男が、ゆっくりと腰の武器を抜いた。

 従っているのであろう他の男たちも武器を抜く。


 ミキは敵に手の内を見せるのを嫌い……自分の武器を抜いた。

 ミスリルの刀身を美しく輝かせる一品だ。


「やれ」


 襲いかかって来た男の一人の首に刃が触れる。

 鍛冶屋要らずの名刀は、その鋭さを少しも失うなどしていない。

 恐ろしいほどの切れ味で一人目の頸動脈を綺麗に切断した。


 崩れる男に視線すら向けず、ミキは相手の出方を待つ。


 仲間の一人を斬り殺された彼らは……中年男は、部下に顎で指示を出す。

 地面に伏した仲間の遺体を抱え数歩下がる。


 ジリジリと間合いを開いて彼らはその場から離れて行った。


「あれは何だ?」

「カカカ。言っても分からんよ」

「だが言わなければ何も分からんさ」

「カカカ。勘違いした馬鹿者共が無様に踊っているだけだ」


 のそっと立ち上がった老人は、笑いながら歩き出す。


「これであいつ等はお前のことを調べるぞ。さあどうする……剣豪の息子よ?」

「何も。襲って来れば返り討ちにするまでだ」

「そうかそうか。ならお前にはあれを渡しておこうか」

「あれ?」


 フラフラとした動きで老人はミキの周りを一周して……男たちが逃げ出した方へと向かう。


「レイラの元へと行くが良い。『これからの旅では邪魔になる』と預かった物を……当人では無いが返しておこう」

「……」

「してあの子はいつ彼女の元へと向かうのか? 優しさとは何であろうな?」


 カカカと笑って老人は遠ざかって行った。


 その背が見えなくなるまで見送ったミキは、刀を振るって血のりを飛ばすと鞘へと戻す。

 行く先は決まっている。




「これか」


 レシアの母親の墓の上。

 大きく茂る木の枝に吊るされたそれをミキは手にした。


 重くて長い。


 引き抜いてみれば……やや錆が見えるが状態は悪く無い。

 鞘の半ばから斬り口があるのは、鞘走りなど関係無いこの武器の特徴からだろう。


 直刀の長剣。その刀身は細く薄い。


 何より特徴的なのは……全てを抜いてミキは悟った。

 刃の無い武器かと思っていたが、確りと剣先のみが鋭く尖っていた。

 人の背ほどもある刀身で斬れる場所は剣先のみ。


「これを扱えと言うのか? 恐ろしいほどの難題だな」


 呆れて愚痴を発してミキは鞘に納めた。


 とりあえず砥石が必要だ。何よりこの剣をどう扱えば良いのか皆目見当がつかない。

 刺突の為の剣にしか見えない形状だ。


「突いて殺すとは……考えられんな」


 クスッと笑ってミキは宿に足を向けた。




「何ですかそれ?」

「ガンリューがこの街に置いて行った武器らしい」

「ほぇ~」


 ベッドの上で足を動かし運動していた彼女は、好奇心を抱いたのか駆け寄って来た。


 ミキは床に座ると鞘から刀身を抜く。

 何度確認しても普通刃がある場所に刃は無い。細くて長い鉄の板のような作りだ。


「ミキのとは全く違いますね」

「そうだな」


 この世界で刀を作れるのは、ミスリルの加工が出来る凄腕の職人であるハッサンのみだ。

 似た物を作ることは出来ても"刀"を作ることは到底不可能だと、ミキはそう判断していた。


 ガンリューとて近しい物を作っても……手の中にある物は、刀など呼ぶことが出来ないお粗末な作りだ。

 それでも扱えるようにしたのであろうが、先端のみに刃が存在している理由が分からない。


「ミキ? 何で先端だけ尖っているのですか?」

「何でだろうな」

「ん~」


 こちらを覗き込み軽く唸る彼女に目を向ける。

 屈みこむ姿勢の為か首元から相手の胸元を覗き込む格好となる。


「なっ! ななっ!」


 慌てた様子で、腕で首元や胸を隠す素振りを見せる彼女にミキの方も驚いた。

 裸を見せることに抵抗すら見せなかった相手が恥ずかしがっているのだ。


 まだ本調子では無いのかと、軽く咳払いをして雑念を捨てた。


「先端だけ尖らせるのは刺突……つまり突いて攻撃する武器に見られる形状だ」

「……だったらお爺さんもそうしてたんですか?」


 まだ頬をほんのり赤くしたレシアは、彼の反対側に座ると怖がった様子で刀身の先を指で突く。


「俺もそれを考えたんだけど……どうも違う気がするんだよな」


 答えてミキは砥石を取り出すと、軽く擦って錆を剥し始めた。

 最近手入れをされていなかったのか、うっすらと浮かぶ錆は擦る度に消えて行く。


(最近?)


 つまり最近までこれを手入れしていた者が居たと言うことに他ならない。

 あの老人がしていたのなら問題は無いが……謎が増えただけと痛感し、ミキはため息を吐いた。




(C) 甲斐八雲

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