其の玖

 彼女の容赦ない足による一撃を腹に受けて目を覚ます。

 相手の足を押して退けると、今度は抱き付いて来るのだから始末に負えない。

 諦めつつミキは天井に向けていた視線を窓の方へと移した。


 今夜も良い月明かりだ。

 ランプなど使わなくても相手の顔を確認できる程に明るい。


 視線を巡らせれば、レシアが甘えた様子でその顔を左腕に乗せていた。

 幸せそうな寝顔だ。整っている顔立ちだからこそどの角度から見ても綺麗だ。


 軽く頭を撫でて視線を天井に戻す。


 ガンリューが殺した人物は大臣のホルス。家族の所在など一切確認出来なかったが、ただ唯一の話として『彼には家族なんて居ないんじゃないのかな?』と言う言葉を拾った。

 元々酒場で働いていたその男が言うには、『家族などは邪魔になるモノは要らない』と言っていたそうだ。


 確かにそんな言葉を言いたくなる気持ちも分かる。

 命を狙われるほど危うい立場なら"家族"は自分の首を絞めかねない存在だ。

 頭ではそれが分かる。人質に取られるなどすればこれほど厄介な存在は無い。


 そっと顔を動かし左腕に抱き付いている彼女の額にキスをする。


「はぅ……むにゃむにゃ……」


 嬉しそうに表情を緩める。

 きっと夢の中でご馳走とでも相対しているのだろう。


 分かっている。愛する者ほど正直厄介な存在は居ない。

 愛しているからの枷となる。捨てられないし、見捨てられない。


 重く重く圧し掛かるそれを、ミキとていつも背負っている。

 それでも手放せない。彼女を手放すことなど出来ない。

 愛しているからこそ不可能なのだ。


 視線をまた天井へと戻す。


 集められた話では、彼は路地裏で惨殺されていた。

 顔などはズタズタに引き裂かれ、持っていた装飾類と着ていた服から"彼"だと断定した。

 確証は無いのだ。何よりその殺され方が気になる。


 間違いなく強者であろうガンリューが、その様な殺し方をするものなのか?


 デウスの教えを受けていても人を殺すことは出来るはずだ。

 それでも拷問染みた殺し方は納得出来ない。何よりその様な行為は"武人"らしからぬ。


 普通に考えれば誰か別の者が殺し、その罪をガンリューに押し付けたと考えるのがしっくりくる。

 罪を被った可能性もある。犯人を護る為に自らが罪を被ったのかもしれない。


 犯人に犯行に関する目撃情報は全くと言っていいほど見つかっていない。

 誰も犯人を見ていないのだ。


「レシアが嫌いな頭を使う話になって来たな……」


 また腹に足を乗せて来たので追い払う。

 払われたレシアの足は、彼の足に纏わり付いた。


「蛸か? 全く……」


 呆れて愚痴をこぼしつつも、ミキはそっと体勢を動かし正面から彼女を抱きしめ目を閉じた。




 何とも言えない圧迫感を感じレシアは開いてくれない瞼を微かに動かす。

 胸の所に普段感じない圧を……それを見た瞬間レシアの眠気は吹き飛んだ。


 自分の胸の谷間に何かが居る。


 黒くて微かに動くそれは……緊張から全身を強張らせると、相手がその動きに反応して強く抱き付いて来た。むにっと胸に顔を埋めているのは"最愛の人"だ。


 大丈夫。きっと寝ぼけているだけだ。


 レシアはそう自分に言い聞かせて体の芯が熱くなるのを一生懸命に誤魔化す。

 出会ってからこうして抱き付いたりして来たけれど、最近は何故か抱き付かれると体の芯がカッと熱くなる時がある。

 変な病気かと不安にもなるが、時間を置くと治まるので彼に切り出せない。


 何より言ったら『抱き付かなければ良いんじゃ無いのか?』の返事が怖い。

 それは嫌だ。我が儘なのは分かっているけれど嫌だ。

 でも……自分で抱き付く分には体の芯の火照りが出ないのに、相手に抱き付かれると出てしまう。


 顔を真っ赤にさせたレシアは、ゆっくりと相手の肩に手を乗せ引き剥がそうとする。

 バクバクと激しい音をさせる胸の内が痛いくらいに苦しい。

 どうにか引き剥がせれば……むしろ抵抗するかのように彼がきつく抱き付いて来た。


(はにゃ~ん)


 内心で慌てながら泣きつつ、レシアは必死に逃れようとする。


 その動きに寝間着が開けた。

 こぼれ出た胸は、彼と出会った当初に比べるとだいぶ大きくなった気がする。

 自分の手の中に納まる程度だったのに、今では完全にこぼれてしまう。


 そんな裸の胸が……


「ミキ~。苦しいです。離して下さい」


 確かに苦しいが別の所だ。胸の内が張り裂けてしまいそうだ。

 だが効果はあった。

 軽く緩んだお蔭で胸を隠せると、


(うなぁぁぁぁああああっ!)


 声にならない心の叫びをあげる。またバクッと胸の先を吸われた。


 そこは乳飲み子の為にある場所なくらいレシアでも知っている。知っているが……全身が燃えだしてしまいそうなほど熱くなった。

 最終手段として……固く握り締めた拳を震わせた。




 思いもしない衝撃を受け……ミキはまだ眠たい目を擦り体を起した。


 頭を何かに殴られた様な気がする。

 だがこちらに背を向けて寝ている彼女が犯人には思えない。

 養父に殴られた夢でも見たのかと思い軽く頭を振って外を見る。


 まだ幾分暗いが、そろそろ日も出そうな気がする。

 ベッドから抜け出し軽く背を伸ばすと、手早く身支度を整えてベッドに歩み寄る。

 眠っている彼女の頬に唇を押し付けて部屋を出て行く。


 ベッドの上でレシアが、バフンバフンと大きな音をさせて手足を振り回した。




(C) 甲斐八雲

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