其の捌
「お爺さんの詳しい過去ですか?」
「ああ」
「ん~。聞いたことのあるような……」
育ての親であるガンリューの記憶がこうも曖昧なのは、ある種レシアの凄い所だ。
自分とは違い近くに居るのが当然であってつぶさに観察するなどしなかったのだろう。
そう思うとミキは内心で苦笑する。
自分の場合は観察していたのではない。
少しでも何かを盗もうとその一挙手一投足に目を向けていたのだ。
「闘技場に居たとかって話なら村の人から聞きました」
「そうか」
「で、お爺さんがどうしたんですか?」
食後の軽い練習を終え長椅子に腰かける彼の隣に座ったレシアは、膝の上で大きくなっている球体を優しく撫で回す。
「この街で人を殺して逃げ出したらしい」
「へ~」
「……」
待ってはみたが反応はそれだけだった。
あっさりしていると言えばそれまでだが、少しも反応を見せなかったのには驚かされる。
「何とも思わないのか?」
「えっ? う~ん……でもミキだってその……」
「まあな」
「それに人を殺すのならきっと理由があると思います。それも聞かないで何か言うのも」
「……」
「何ですか?」
思わず彼女の額に手を当てたミキは、相手が熱を出していないことを確認した。
「たまには普通のことを普通に言えるんだな」
「ミキ? 怒りますよ?」
「褒め言葉だ」
「……もうっ」
擦り寄り頬にキスをして来る。
まだどこか甘えたがりな面が強いのは……寂しさが居座っているせいなのかもしれない。
「大丈夫か?」
「はい?」
「まだ寂しく感じるのか?」
「……はい」
「そうか」
彼女は本当に多感だ。
普通の人になら感じられない物を見聞きしている。
だからこそ気づいているのかもしれない。
分かってはいないが……母親のことを。
「まずガンリューがこの街で何をしたのかを調べたい」
「はい」
立ち上がり彼女に手を差し伸べると、嬉しそうに左腕に抱き付いて来た。
普段なら邪険にする振りをするが、この街に居る間は許そうと決めた。
秘密にしている負い目もあるが、こちらの我が儘に付き合わせる負い目もある。
「何なんでしょうね?」
「そうだな」
色々と聞いて回ったが、ガンリューが殺した相手の詳しいことが分からない。
少なくとも殺した相手というのは『大臣』だ。だが分かるのは名前ぐらいで、その人物の家族や住まいなどすら分からない。
聞く相手が隠している訳ではない。それだったらレシアが気づく。
「たぶん普段から自分のことをひた隠しにしていた人物なんだろうな」
「黒衣の大臣ですか……。『黒衣』って黒い服で良いんですか?」
「そうだろうな。でも大臣を務める者がそこまで素性を隠すものなのか?」
余程表立って大っぴらに出来ないことをしていたのか?
もっと詳しく調べたくても相手は小国とは言え大臣だ。
王宮に乗り込んで聴くなんて言う暴挙は出来ない。
「仕方ない。地道に聞いて回るか」
「え~」
「……好きなだけ抱き付いてて良いぞ」
「はい」
扱いやすいと言えばそれまでだが、それでも本当に嬉しそうな表情を見せて腕に抱き付いて来る。
そっと手を伸ばして……邪魔な球体を小突いて退かし頭を撫でてやる。
「日が暮れるまで聞いて回って、それで何も見つけられなかったら方法を変えよう」
「は~い」
元気に返事を寄こしはするが……その手が微かに震えているのをミキは見逃さない。
分かっている。この街に居る限り彼女はきっと"寂しいまま"だと。
「湯船の無い部屋に移ったんですね」
「贅沢のし過ぎは自然に嫌われるだろう?」
「体を綺麗にしている分になら嫌われませんよ」
「そうか。でも毎晩は贅沢過ぎる。四日に……」
悲しそうな目で見られミキは肩を竦めた。
「三日に一度で良いか?」
「はい。あとこの街を出て行く前の日も入りたいです」
「それぐらいなら良いぞ」
「わ~い。大好きです」
寂しさを誤魔化す為にレシアの甘えが止まらない。
抱き付かれベッドに押し倒されたミキは、胸に頭を預けて目を閉じる彼女を見た。
「不安か?」
「えっ? ……はい」
「大丈夫だ。俺が傍に居る」
「本当ですか?」
「本当だ」
「……ミキ」
チュッと唇を触れさせて、レシアは彼に力いっぱい抱き付く。
じんわりと自分の中に広がる不安が小さくなるのを感じた。でも消えない。
「ここ最近、こんなにお前に抱き付かれるのも久しく無かったな」
「……ミキが『暑い』とか『寝れない』とか不満ばかり言うからです」
「そうか?」
「そうです。私は毎晩こうして居たいのに」
「毎晩はキツイな」
本当にキツイ。
今だってどれほどの自制心を発揮して自分を押さえているか。
『肥えた。太った』と言ってはからかっている相手ではあるが、実際は出会ってから確実に成長しているだけだ。
良い物を食べて来たこともあるのか、止まっていた成長が一気に促進した感じだ。
それも少女から女性への変化だ。
若い体を持て余しているミキからすると、程よい大きさの胸を押し付けられるのは正直辛い。
「レシア」
「はい?」
「重いぞ」
「……うりうり」
怒って退いてくれるのを期待した言葉は逆効果だった。
どうして女性の体とはこんなにも柔らかいのか……思いもしていなかった精神的な修行の日々。
これだったら本当の『子作り』を教え実行した方が余程マシだ。
「とりあえず汗を拭け。臭うぞ」
「……はい」
こっちの言葉の方が正解だとミキは学んだ。
(C) 甲斐八雲
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます