其の伍

「京で?」

「そういう話だ」


 小姓として主君に仕えていた宮本三木之助は、驚きを噛み締め表情に出さないように努めた。

 幕府がキリスト教徒の発見と棄教(強制改宗)を積極的に推進して来ているのは知っていた。だがそこまで酷いことをするとは思ってもみなかった。


 読み終えた書状をこちらに差し出しているのに気付き、恭しく受け取り一読する。


 京都所司代であった板倉は、キリシタンには好意的であった。

 それもあって京にはキリシタンと呼ばれるキリスト教徒が多く居た。

 しかし棄教を進める幕府は遂に禁教令を出し、板倉はこれ以上黙認できずキリシタンを牢屋へ入れたのだ。


 板倉は幕府のお目こぼしを得ようとしたが、キリシタンの処刑(火炙り)を命じられた。

 市中引き回しの上で京都六条河原で52名が処刑され……この52名には4人の子供が含まれ、さらに妊婦も1人いたと言う。


 読み終えた三木之助の胸中は、『何もここまでしなくても……』だった。


 確かに南蛮渡来のデウスの教えを受ける彼らは、違う考え方を抱いているのは知っている。それでも幕府に年貢を納めている者たちだ。殺すと言うのは……。

 納得は出来なかったが、御上おかみの決定には逆らえない。


「なあ三木之助」

「はっ」

「人とはどうしてこう争い続けるのであろうな」

「……」

「関ケ原。そして大阪での戦い……この世は静まるものだと思っていたのだがな」

「そうに御座いますね」

「この世が静まるには、まだまだ時が必要らしい」




「ミキ?」

「ん」

「眠れないですか?」

「いやずっと考え事をしていた」


 目を開けば、体を起し覗き込むように見つめている彼女が居た。

 窓から差し込む月明かりを背中に浴びているその様子は儚く神秘的にすら見える。


「どうした? また寂しくなったか?」

「寂しいのはずっとです」


 圧し掛かるように覆い被さり、彼の胸の上で腕を組んでその顔を見つめて来る。

 慣れたものでミキは僅かに相手の視線から目を反らす。


「む~。ミキはどうして見せてくれないのですか?」

「難しいことを考えているからな。見たいのなら見せてやっても良いが?」

「難しいのは嫌です」


 拗ねた様子で頬を膨らませ……レシアはふにゃっと力を抜いて彼の胸に頭を預ける。


「体調ならもうずいぶんと回復したのに」

「不安か?」

「はい。この街に来てからずっとですから」

「そうか」

「……ミキがもし寂しくなったらどうしますか?」

「特に何もしないな。寂しいだけなら気合でねじ伏せる」

「もう」


 増々頬を膨らませてレシアは拗ね続ける。

 分かっている。彼女はそんな答えを聞きたいとは思っていない。


 そっと相手の体に腕を回す。そのまま反転し、今度はミキが上になった。


「甘えたいなら好きなだけ甘えれば良い。まあ二人きりの今なら大目に見る」

「本当ですか?」

「本当だ。でも……たまには俺が"男"だと言うことを思い出させておかないとな」

「はい?」


 反転した際に少し開けた寝間着の隙間から彼女の形の良い胸がこぼれている。

 ミキはそちらには目を向けず、自分の位置を少し足元の方へと下げ……彼女の顔と自分の顔の位置が同じくらいになるようにした。


「どうしたんですか? ちょっとっモゴッ」


 顔を寄せて開きかけた唇に封をする。

 相手の頭に手を回し、逃げられないようにしつつ口づけを止めない。

 微かに握った手で胸を打つ抵抗は……早いうちに収まってしまった。


 たっぷりと時間をかけてこれでもかとキスしたミキは、ゆっくりと顔を離す。

 ポ~ッとその表情を蕩けさせたレシアが何度も瞼を動かしていた。


「誰かが言ってたな。最近俺が頑張らないから子供が出来ないのだと」

「あっ! そこは……はうっ」


 首元に吸い付くと彼女は甘い声を上げた。


「ならたまには本気を見せるとしよう」

「ダメです。何か少し怖い……んっ」


 もう一度彼女の唇を塞ぎ、ミキはこれでもかと己の本気を見せ続けた。

 少し悪乗りしていると自覚はある。

 それでも彼女が"寂しさ"を忘れてくれるのならば……らしく無いことでも喜んでできる。


 彼の本気を受け続けたレシアは……火照った体を持て余し、しばらく眠ることが出来なかった。




「おっほほ。若いの……早いな」

「ああ。朝の鍛錬がてら見に来た」

「そうかそうか。して何か分かったのか?」

「……物語の続きを聞きたくてね」

「なるほど」


 昨日同様にボロボロの衣服姿の老人は、彼に譲られた長椅子へと腰を下ろす。

 その椅子の上で足を組んで座ると……体を揺すりながら言葉を綴る。


「老いたる剣士は生きて島から出ることは出来ない。それは何故か?」

「彼に生きていてもらっては都合の悪い人が居たからだ」

「故に彼は生きられない。でも死にたくもない。自分が死ねば同胞がどんな目に遭うのか分からないからだ」

「しかし彼は悩んで選んだ」

「そう。剣士としての終わりをのう」


 会話の様な押し問答の様な……そんな感じで二人は続ける。


「彼は望んだ。剣士として斬られてしまおうと。だが若き剣士は武器を抜かない」

「だから彼は自分の武器を拾い、襲いかかる振りをした」

「そうともそうとも。若き剣士には弟子が居た。弟子たちが居た。その弟子たちは隠れて様子を窺っていた。武器を振りかぶり師である者を襲おうとした剣士を」

「皆が飛び出し打ち殺した」

「これにて死闘のお終いお終い」


 カカカと笑って老人は椅子から立ち上がる。


「して若者よ。お前は何者だ?」




(C) 甲斐八雲

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