其の参

 長い棒状の飴を舐めるレシアに手を引かれ、ミキは芝生の広場を歩いて渡る。

 街に住まう人たちも各々が自由に過ごして居るので、ミキたちもその恩恵を受け芝生に座り足を延ばした。

 ん~っと声を発して大の字に寝っ転がるレシアの表情は幸せそうだ。


「暖かいな」

「そうですね」


 モグモグと口を動かし飴を舐める彼女の態度に少し思う部分もあるが、今日くらいはと躾けることは止めてミキも並んで横になる。


「抱き付くな」

「良いじゃ無いですか~」

「……少しだけだぞ」

「にゃ~ん」


 飴を舐めながら抱き付いて来る彼女に少々呆れつつもミキは空を見上げる。


 こんな摩訶不思議な世界でも蒼い空があって、雲も広がっている。

 実はあっちの世界が夢だったのではないのかとすら思えてしまう。


 分かっている。自分が"今"を甘受している事実を。


「ん?」


 ムクッと起き上がったレシアがキョロキョロと辺りを見渡す。

 ピタッと視線を一方に向け、何やら耳を澄ましている様子を見せ始めた。


 人並の聴覚しかないミキも耳を澄ましてみると……微かにその声を拾った。


「……たる剣士は、長い剣を振る。相対するのは若き剣士。山より出でて大きな街で有名剣術家たちを打ち倒した者なり。若き剣士はこの日の為に長い木剣を用意し、老いたる剣士との死闘に臨んだ。エイッヤアッと互いに必殺の一撃を放ち続けるや遂にぞ老いたる剣士が頭部に一撃を受ける。パタリと倒れ若き剣士は勝ち名乗りを上げた」


 全身を粟立たせてミキは飛び起きた。


 朗々と響く声は男性の……それも老人の声だった。

 だがその話している内容は間違いも無く、自分が知っている果し合いの内容なのだ。


「だがこの話は続きがありて……パタリと倒れた老いたる剣士は死んでなどいなかった。殴られた頭を押さえ起き上がった彼は、勝者たる若き剣士に言ったのだ。『殺せ』と。だが若き剣士はそれに応じず……『死にたければ自ら腹を斬って果てよ』と言った」


 薄々そうであろうと思っていた話の内容だった。


 養父は相手を殺してなどいない。

 自ら『打ち殺した』と明言したことは無い。


 驚き目を回しているレシアを置いてミキは歩き出していた。

 自然と動く足を止めることが出来なかった。


「しかし老いたる剣士はこう言った。『我は死ねん』と。『自死は教えに反する』と」


 置かれている木製の長椅子に腰かけ空に向かって語り続ける人物は……まるで壊れた玩具の様だ。

 周りの目など気にしていないのか、忌避の視線をどれほど向けられても一向に気に留めない。


 ポロポロの衣服から浮浪者にしか見えない彼の数歩手前にミキは居た。


「『ならば生きるが良い』と若き剣士は言う。しかし老いたる剣士は微かに笑ってこう告げた。『我は決して生きてこの島より出ることが出来ないのだ』と……はてさて続きはまたの機会に」


 ズズズと体を椅子の背もたれに滑らせ老人は疲れた様子で横になる。

 待つべきか声を掛けるべきか悩んだミキだが……彼の連れがどんな人間だったのかを失念していた。


「お爺さん」

「ん? 何だ?」

「今の話は何ですか?」

「ん? ああ……"フナシマ"の話だ」

「フナシマ?」

「ああそうだ」


 薄っすらと開いた目が……彼女を、そして自分を見たのに気付き、ミキは老人に声を掛けた。


「一つ聞きたい」

「何だ?」

「今の話を誰から?」

「ん~。忘れた」

「……」

「もう歳でな。昔のことなど覚えておらん」


 面倒臭そうに体を起し、老人は伸びっぱなしの髪や髭を指で掻く。

 ズリズリズリと後退して来たレシアが尻からミキにぶつかって来た。


「何だ? 兄ちゃんの連れか?」

「ええ」

「あはは。若いのは良いな~。そんな美人を連れて……もう毎晩抱きまくりか?」

「抱き付かれて寝てはいるが」

「あはは。中々の軽口だ。悪く無い。うん悪く無い」


 ひとしきり頷いた老人は、気だるそうな動作でミキを見る。


「知りたければまず自らの足で調べろ。何もせず答えを聞くのは愚か者のすることだ。良い歳をした若者がひな鳥のように口を開けて答えを求めてはならんぞ」


 カカカと笑いながら立ち上がった老人は、今にも倒れそうな足取りで遠ざかって行く。


「そうだな」

「分かってますミキ。今のお爺さんを追えば良いんですね? 私の力なら絶対に追いついて見せますから!」


 走り出そうとする連れの頭を掴んで力尽くで止める。


「みぃきぃっ! ちょっと頭がイタタタタです」

「どこに行く気だレシア?」

「……お爺さんを追おうと」

「だから何故追う。あの人は教えてくれただろう? 知りたければ自分の足を動かして探せば良いのだと……さあ元気良く探しに行くぞ」

「だからそれって絶対に面倒臭くて頭とかいっぱい使うことににににに」


 ギリギリと頭を掴んで来る彼の手が本気だと気付いた。


「ミキミキミキ……。歩きます。行きます。だから少しだけその手を緩めてください。潰れちゃいます。私の頭が熟れた果実のようにグチャッとなっちゃいますから~!」


 必死に言葉を綴ってレシアはようやく戒めから解き放たれた。

 渋々彼の言うことに従い、まず荷物を置こうと言うことで宿屋へ向かうこととした。




(C) 甲斐八雲

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