其の弐
「……」
「えへへ。ミキ~。そんなに食べられません。むにゃむにゃ……」
抱き付いたまま離れていない相手の寝言に起こされた彼は、朝一番から盛大なため息を放った。
本来ならその脳天に手刀でも叩き込みたいところだが、まだ相手の体調が分かっていない。
分かっていないが……両腕と両足を絡めて抱き付く相手の体調が悪いとは到底思えない。
「レシア。いい加減に起きろ」
「えへへ。もう羊は無理です~。でも牛だったら」
「……今朝の料理は鳥肉入りのスープだぞ」
「うへへへへ」
涎を垂らして喜ぶ馬鹿を見てそっと息を吐く。
顔に掛かる髪を払うと、その顔色は随分と良くなっていた。
一安心して軽く頭を撫でてやる。
「はふ~。幸せです」
「そうだな」
軽く相手を抱きしめてキスをしてから引き剥がす。
バタバタと抵抗を見せたレシアも眠気眼を擦って体を起した。
「……おはよう?」
「寝ぼけてるのか?」
「ん~」
そっと唇に指をあてて首を傾げる。
「調子はどうだ?」
「はい。昨日よりずっと良いです」
「そうか」
手を伸ばし彼女の頭を捕まえると、引き寄せて額に唇を押し付ける。
「ほら片付けて朝食を貰いに行こう」
「……ぶ~」
「何故拗ねる?」
「だって夢の中のミキはこっちにしてくれました」
グイグイと自分の唇を指で押して彼女は強調して来る。
呆れた様子で肩を竦め、ミキは片付けを開始した。
「もうミキ! 子供が出来ないのはミキにやる気が無いからです!」
「そうか?」
「そうです。ミキがもう少し『子供が欲しい』って言う姿勢をですね……って勝手に出て行かないで下さいっ!」
一人天幕の外に出た彼を追ってレシアも顔だけ外に出す。
今日は何となく黄色な気がする。
また戻ってずっと着たままだった服を解いて洗濯する物を詰めている袋へ押し込む。
自分の荷物から布を取り出していそいそと服を作った。
「良しっ!」
「荷物を整理して出て来い」
「もう! ミキはせっかちさんです!」
手荷物を全てまとめて天幕の外へと放る。
忘れ物が無いか確認して外に飛び出すと、慣れた手つきで彼が天幕を畳んだ。
「良いですかミキ!」
「調子が良くなったからってはしゃぎ過ぎるとぶり返すぞ?」
「……それは嫌です」
辛かったここ数日のことを思い出し、レシアはシュンと首を垂れる。
ミキは畳んだ天幕を袋に押し込み、自分たちの荷物を出来るだけまとめた。
「これを荷台に乗せたら朝食を貰いに行こう」
「はい」
それでも食事の話を聞けば元気な表情を見せる。
レシアも自分の荷物を両手で抱えると、そっと彼の腕に捕まった。
不意打ち気味にキスをされ……その目を真ん丸に見開く。
「さて飯だ」
「……もうミキは!」
「ん?」
顔を紅くしてプルプルと震えるレシアは、何とも言えない表情を見せる。
「本当に意地悪です!」
その声は嬉しそうだった。
隊商は無事に進み……ミキたちは商のカルンアッツに辿り着いた。
商業が盛んと言うより、商人たちが作った商業国だ。
決して大きい国では無い。
首都であるカルンアッツを中心に発展し、拡大する度に作られた壁が、至る所に立ち並んでいる。
城壁都市の風貌もあるが、この国には特定の軍隊は居ない。
国防は同盟国である草のマルトーロに委ねているのだ。
「ほえ~」
「ここはまだ草木もあって息苦しく無いな」
「そうですね」
仕事を終え商人たちと別れを告げたミキは、レシアを連れて街を見て回っていた。
石造りの家や建物が立ち並んでいるが、エルンシーズのように所狭しと言った様子はない。
ちゃんと草木や花なども植えられていて、治安の良さそうな綺麗な街をしている。
「どうだレシア?」
「はい?」
「ここの空気は」
「ん~。悪く無いです」
クルクル~っと軽く回りながら、いつもは頭上に居る七色の球体を胸に抱く。
あのゴミゴミとしていた街と比べれば何倍も良い街だ。
「ミキミキミキ」
「どうした?」
「この街は何が美味しんですか?」
「……それも聞きながら商人協会に行こう」
「は~い」
いつも通りの食い意地も復活している。
完全回復したらしい相手を見て……今夜は少し贅沢でもするかと思ってしまうのは惚れた弱みなのかもしれない。
「荷物が一気に軽くなりましたね」
「全部売ったからな」
「もう商品とか無いですよね?」
「売れるような物は……この無駄飯食らいか」
「コケ~ッ!」
七色の球体が不満げに羽を広げてけん制して来る。
それでも所詮拳大の大きさだ。怖いと言うより可愛く見える。
「ミキ~? 宿に行くには早いですよね?」
「そうだな。でもこの国は新しいから見る場所も全然らしい」
「ん~。ならあっちに行きましょう」
「ん? 良いけど何がある?」
「さあ? でも甘い匂いがします」
スンスンと鼻を利かせて歩き出した彼女の後を、呆れつつもミキは追った。
辿り着いた場所はちょっとした広場で、芝の敷かれた空間だった。
と……先行したレシアは、一軒の屋台の前に居た。
屋台は砂糖を煮て固めたお菓子を売っている。
見た目は飴にしか見えないが……買って買ってと目で訴えて来る彼女の為に一つ購入した。
舐めてみたら……やはり飴だった。
(C) 甲斐八雲
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます