其の肆

 名前も無い海辺の小さな漁村。

 主な産業は獲った魚を干して作る乾物ぐらいだ。

 争いなど無く平和で穏やかな時が過ぎて行く。


 ミキとしては命の洗濯がてらそんな時を過ごすことに不満など無い。

 だが……日々何かしらの刺激を求める彼女には不満が募る。好奇心を満たしたいのだ。


 やれやれと呆れつつも顔見知りとなった漁師に『何か無いか?』と聞いて回るのは彼の優しさだろう。『この辺りは特に見る物なんて無いんだよな』と言って笑う漁師はそれでも頭を捻り絞り出してくれた。




「ほえ~」

「……」


 教えられた場所にはとてつもなく大きな石が存在していた。

 否。石に見えるが石では無い。信じられないが生き物らしい。

 ただ生き物の上に木が生える物なのか……それを見たミキは純粋に信じられなかった。


「ミキミキミキ」

「ん?」

「すっごいです。何なんですか?」

「凄いのに分からないのか?」

「ん~。生き物なのは分かります。でも私はこんな生き物を知りません」

「そうか」


 見上げるほどに大きなそれは巨石を思わせる存在だ。

 だが漁師からその正体を聞きミキは何となく理解していた。


『亀』


 ミキの知る亀とは大きさも何もが違い過ぎるが、それは間違いなく亀らしい。


「亀と言う生き物らしいぞ」

「亀ですか……亀さ~ん」


 迷うことなく彼女は巨石に向かい突撃して行った。


 本当に後先を考えない。

 何かあったらどうするのかと思い急ぎ足で彼女を追う。


 と、不意にそれを見つけて手を伸ばす。

 彼女の頭を止まり木か巣のようにしている七色の球体が、全力で逃げ出そうとしていたのだ。


「どこへ行く?」

「コッコッコッ~」


 まるで言い訳でも口にしているかの様子の鳥に、イラッとしてから巨石に向かって全力で投げつける。


「クゥォケッコ~!」


 必死な声を発して巨石にぶつかった鳥は、木々の間に消えて行った。


 目視でそれを確認し、ミキは先行している馬鹿を追う。

 石の元に辿り着いているレシアは、ペタペタと触りながら上を見上げていた。

 その近寄りがたい様子に……ミキは足を止めた。


「顔を見せてください」


 優しげな声を発してポンポンと石を叩く彼女の様子に……微かに巨石が震えた。

 パラパラと小石が降ってくる中、ミキは目の前に落ちてきた七色の球体を咄嗟に掴んだ。


「しぶといな」

「クケ~」


 目を回す鳥を手にし、ミキは彼女の背後に立った。


 頭の上に鳥を乗せ、何かあれば相手を掴んで逃げ出せるように身構える。

 だが……起きたことは彼の想像を超えていた。


 ゆっくりと動き出した石の一部は、壁のようにこちらへと迫って来る。

 咄嗟に彼女の肩を掴み逃れようとするが、レシアは流れるような動作で彼の手から逃れ迫って来る壁に手を伸ばした。


「目は……どこですかね?」

「……」


 目を瞠った。

 ミキは壁だと思っていた物が頭の様だと気付いたのだ。

 胴体に収納していた訳では無く、頭を胴体に巻き付ける様にしていたのだ。


「ん~……ん?」


 石の様な顔に手を着いた彼女が背を伸ばす。

 ジッと切れ目の様な部分を覗き込み動きを止めた。


 ……。


 随分と長いこと待つと、カクンと膝が砕けたレシアが倒れそうになる。

 咄嗟に背後から手を伸ばしミキは相手を抱き止めた。


「……ミキ」

「どうした?」

「この子ダメです。見てると眠くなります」


 ふわ~っと欠伸をし、彼女はふと視線を下げる。

 相手に抱きかかえられた状態だが、その手がガシッと自分の胸を掴んでいた。


「ミキ」

「ん?」

「私の胸は取っ手じゃありませんっ!」


 ブンと振るって来た腕を彼女を離すことで回避する。

 体勢を崩したレシアは、石の壁に頭突きを入れる格好になった。


「ふっふっふ……そろそろ私も本気で怒りましたよっ!」

「知るか」

「この~っ!」


 コンッ


「にゃあ~ん」


 頭上から落ちて来た物を慌てふためいて鳥が避けた。

 結果としてレシアの頭に当たる。


 コロコロと足元に転がって来たそれを掴み、ミキは軽く掲げ見た。

 蒼い……とても美しい拳大ほどの石だ。


「何だこれは?」


 返事を返すモノは居ない。

 ただどこか煩い二人の様子に逃れるように、亀の頭がまた動き出すと……元の位置へと戻った。


「おいレシア?」

「にゃがぁ~っ!」


 しゃがんでいた状態から起き上がる勢いに身を任せ、両手を振りかぶり掴みかかって来た彼女を、ミキは空いてる手を伸ばす。

 首の後ろへ回した手で相手の頭を固定すると、そのまま近づいてキスをする。


 一瞬驚いた様子で身を硬くした彼女も……しばらくすると抱き付いてきた。


「で、これは何だ?」

「さあ? 唯一分かったのは……『煩い。やる』だけです」

「そうか」


 呆れつつ石を彼女に手渡し、ミキはそっと亀の頭らしき部分に目を向ける。


「騒がせて悪かったな」

「……ごめんなさい」

「コケ~」


 三者三様の詫びに亀は何も答えない。

 ただそこにあるだけと言わんがばかりに沈黙している。


「行くか」

「ですね」


 騒がせるのは悪いと思い、二人はその場から離れることを選んだ。

 上機嫌に彼の腕に抱き付くレシアの頭上で……クルッと向きを変えた七色の球体がその小さな羽を広げた。


「コケコッコ~」


 まるで何かに別れを告げるかのような鳴き声だった。




~あとがき~


 これにて北部編参章の終わりとなります。

 このシリーズで最短の章ですね。どこかにくっつける予定だったりに……まっ良いか。


 北部編は残り二回で終わるはずです。

 ただ肆章と伍章の間にもう一本ライト感覚な話を書くか悩んでいます。

 残りの二つが真面目で重くなりそうな気がするんで……一呼吸欲しいかなって作者都合ですが。


 ガンリューさんが北部から逃げることとなった真相と、たぶん養父並みに強いと思われるミツさんとの話となる訳ですが……実は南部編が結構白紙状態だったりしてて焦っているのは内緒です。

 この二つを書いている間にネタを出して構成を練らないとマジでヤバい。




(C) 甲斐八雲

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