其の拾
ミキが案内された場所は、タハイたちが作業をしている場所から離れた所だった。
自然の石が転がるその場所には、雑草が生え広がり人の出入りは無さそうに見える。
地面の草を踏み分け進むと……その石が確かにあった。
「これだよ」
「……」
一目で分かる。
まるで墓石の様に立っていたのであろう石が斜めに斬られて転がっている。
片膝を着いて石に触れれば分かる。右上段から袈裟切りでの一刀だ。
「これを斬ったんだな?」
「……うん。誰に言っても信じて貰えなかったんだ。普通にそんなことをしたら『剣が砕ける』って」
「そう言うだろうな」
だがミキには分かる。これは間違いなく自然に割れた物では無いと。
石にも硬い部分と柔らかい部分とがある。
これは柔らかな部分か確実に刃を入れて断っている。
触れて確認すればするほど恐ろしいほどに腕の良いことだけが分かる。
ほんの僅かな柔らかい部分を見抜いて迷うことなく振り下ろせる技量……彼が知る限りこんな事が出来るのは自分の義父ぐらいなものだ。
「タイン。その『ミツ』と名乗った者の話を聞かせてくれないか?」
「あっうん。ミツのお兄ちゃんは旅をしてると言ってた。たまたまこの近くを通った時にお腹の調子を悪くして、しばらく僕の家に泊まったんだ。薪割りとか良くしてくれて……それで仕事が終わると棒を持って家の裏で良く振ってた」
少ない情報からでもミキにはある程度予想が出来た。
その者が少なくとも"剣術"を使う者だと分かる。
この世界の者は薪割りなど子供の仕事だと言って好んでしない。
だが剣術を真面目に取り組む者は好んで行う。
振り上げて振り下ろすその動きは、上段からの一刀を学ぶには持って来いだからだ。
「体調も戻ってそろそろここを離れるとなった時に『面白い物を見せてやる』と言ってそれを斬ったんだ。本当にビックリした」
「そうか」
「で、次の日には村を出て……どこに行ったのかは知らない」
「それはどれほど前だ?」
「二年……三年は経ってないと思う」
少なくとも"ガンリュー"と名乗るあの剣士とは別の者であることは間違いない。
つまりは義父ほどの腕を持つ者が居ると言うことだ。
(確かあの狼が言ってたな……『マルトーロの南西の所に行け』と)
そこには自分たちですら太刀打ちできるか分からない者が居ると。
(これを見てなければ油断したかもしれんな)
少なくとも義父ほどの腕を持つ者が居ないのであれば、自分は負けないと思っていた。
だがその甘い考えは断ち切られた。きっと今やれば一刀で斬り殺されるだろう。
「タイン。良い物を見せて貰った」
「うん」
「……礼に簡単な技を教えてやる」
「わざ?」
「ああ。もし相手が殴って来たらここを殴れ」
手招きして少年の顔……鼻と口の間の部分を指さす。
「ここは上の歯がある都合とても硬い。だから殴る方も痛いが、殴られる方はもっと痛い。ここを殴られれば子供相手なら絶対に悶え苦しむ。そこで後は迷わず逃げろ」
「また逃げるの?」
不満そうな少年の頭をミキは撫でてやる。
「相手が一人なら良いが、複数居たらタコ殴りにあうぞ? だから一人を懲らしめたら逃げる。それを出会う度に一人ずつに繰り返せば……相手は痛みを知って腰が引けだす。一回で勝とうとしないで最後に勝つ方法を学ぶと良い」
「……それって勝つことになるの?」
「長い目で見れば、な」
「でも格好悪いよ」
「格好なんて気にするな。俺は勝つ為なら手段を選ぶなと学んだぞ?」
「そうなの?」
「ああ……使える物はすべて使って勝てば良いってな」
あの義父の言葉だから冗談では無くて本気の教訓だろう。
『勝つ為なら何でも使え。刀では無くて使えるなら石でも砂でも何でもだ』
剣術を教える者の言葉としたら少し考え物だが、だが義父が行って来たのは真剣を用いた斬り合いだ。
生き残った者が勝者な世界で生きていたのだ。
「最後に勝てば良いんだよ。俺はそう思うぞ」
「ん~」
「ほえ?」
「ここの部分が私も欲しい」
「ふにゃ~ん」
お腹周りを触られたレシアが奇声を発して抵抗する。
今日も今日とて衣装作りの真っ最中だ。
最終的に踊ることを考えての衣装なので、全体的に動きやすさを求めてしまう。
結果として肌の露出が増えるのだが、目の前の少女は羨ましいくらいに綺麗な肌をしている。
「やっぱり毎日踊ったりしているから細いのかしらね?」
「そうですか? ミキには太ったといつも言われます」
「……ちなみにどこが?」
「お尻と胸です」
服を作る都合色々な女性の裸を見て来たが……これで太っている扱いをされてしまうと、自分など何と呼ばれるのか逆に聞きたくなる。
最近は結構油断してて、腹回りの肉が多めなのに。
ズンと沈むホシュミをそのままに、レシアは何種類か布を手にして自分の体を覆う。
今日は気分的に緑が一番合う。
「お祭りって夜なんですよね?」
「そうね」
「ん~。だったら私は『白』が良いです」
「本当にその色が好きね」
「はい。私の色ですから」
たまに変なことを言うが、衣装を着せる相手としてはこの上ないくらいに優れた人物だ。
「なら基本は白で。後はそうね……飾りで色を足すようにするかな」
「飾りですか?」
「そう。布で花を作ってそれを縫い付ける感じかな」
「わ~。それは良いです。それだったら当日に選べます」
「ならそうしましょうか」
「はい」
手にした布を振って踊りだす相手に、ホシュミはやれやれと肩を竦めた。
(C) 甲斐八雲
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